個人で実現「時刻表ミュージアム」開設までの執念 自分の蔵書を公開、誰もが過去への旅ができる

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――反響はありましたか。

鉄道趣味のある人からの反響はもちろんだが、意外だったのが、一般の方からの問い合せだった。例えば、「義父母の金婚式に当たり、新婚旅行で乗った列車を特定したい。何年何月何日に大阪から別府へ向かった寝台特急だというところまでわかっている」というような調査依頼だ。この頃から、1980年以前の古い時刻表も少しずつ集めるようになっていたので、その年代の時刻表を探し出し、おそらくこの列車だろうと特定した。さらに頼まれもしないのに、到着した別府の天気、気温、当時の別府の画像なども集めてまとめ、該当の号の時刻表の表紙をプリントして表紙にして送ってあげた。するとたいへん喜ばれて、ミカン農家をしているお義父さんからミカンが届いたりして(笑)。このような相談が、見知らぬ人から入ってくるようになった。

当時のことを思い出してもらえると、私も楽しい。過去の時間をトレースすることで、時間旅行ができる。そこから広がる思い出を、共有できた。思いがけなく人の古い記憶や大切な思い出に接することになり、それまで楽しんでいた時刻表とは違った意味合いを発見することになった。考えてみると、時刻表は大正14(1925)年に『汽車時間表』として発行開始しているので、今生きている人のほぼすべての人生の時間が、網羅されていることになる。時刻表は、人生や歴史、社会の時間軸になり得るんだということに気がついた。

誰もが過去の時刻表にアクセスできるように

――時刻表の、鉄道の発着時刻を調べるところから発展する意義を発見したのですね。

時刻表を収集している人や組織はほかにもあると思うが、自由に見たり調べたりできるところは意外にないことがわかった。そこで、2011年から『哲×鉄』というウェブサイトを立ち上げ、集めたバックナンバーのアーカイブを公開し始めた。現在所蔵の時刻表は表紙の画像をすべてアップロード済み。各号の読みどころをピックアップしたものは、4分の3程度アップしてある。その数、次号の9月号を購入すると800冊になる。

――そこから時刻表ミュージアムの開館につながるのでしょうか。

そのサイトを通じても質問や問い合せが入ってくることがあるが、時刻表を探すのが大変だ。ずっと、一覧できるようにできないかと望んでいた。それをいよいよ実現したのが、2021年。夏には内装が完成し、収集したすべての時刻表、コレクションしている鉄道グッズ約4000点の内1500点ほどを運び込んで展示した。開館は2022年3月1日を予定していたが、新型コロナの感染状況を鑑みて、4月29日に一般公開を始めた。本業があるので限定された日程での公開だし、1回に3人までとしているのでまだ来館者の数は少ないが、じっくり時刻表を広げたり、昔のことを懐かしんでいたりする。最初に、自分の生まれ月の時刻表を手に取る人が多い。来館者との会話の中で、思い出を聞いたり、共有できる体験を語ったりできるのが、とても楽しい。同時代を生きてきたからこそできる交流だと思う。

――展示品はすでに所蔵していたものとはいえ、開館資金が相当かかったのでは?

マンションの居室を改修したのだが、念願かなってミュージアムを開くとなったらいろいろこだわりすぎてしまって、業者にも驚かれた。費用は「四季島」と「瑞風」と「ななつ星」の最上級車両で全部旅したぐらいかかったかもしれない(笑)

――現在では時刻表を使わずアプリやウェブサイトで適切な経路を検索できるようになったが、その中での時刻表の意義をどう考えますか。

A地点からB地点にいく最適ルートを知るには、アプリなどはたいへん便利。しかし時刻表で俯瞰して見ながらルートを探していくと、さまざまな経路が考えられることがわかる。そうすると、もしも運休や遅延があっても、冷静に別の方法を考えることができる。子どもの頃から時刻表を常に身近に置いていろいろな経路を考えながら机上旅行してきたことで、答えは1つではないということを学んだ。目的を達成するための方法は1つではなく、多くの選択肢の中から自分自身で1つに決定する。それについては自分が責任をもつし、うまくいかなければ他の選択肢もあって、それぞれに長短あることを知っている。だから新しい道を選ぶことができる。

人生の中には、当初ベストだと思ったことが必ずしもその通りにいかないことが必ずある。そういうときに、時刻表から体得した選択肢を探す力、決定する楽しみが、役に立っている。

柳澤 美樹子 りゅう文章工房代表

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やなぎさわ みきこ / Mikiko Yanagisawa

「旅・食・人」をテーマとした、著述・編集業。まちづくりや交通、伝統食、神社などに関心が深い。健康・医療を中心に、インタビューなども手がける。信州、金沢、伊勢・志摩をはじめとした地域ガイド、鉄道や生活文化などを取材・執筆。著書に『鉄道廃線跡を歩く』シリーズ、『達人に学ぶ鉄道資料整理術』など。

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