再び「中絶禁止」論争でアメリカが大紛糾する理由 11月に行われる中間選挙にどう影響する?

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キャンペーンに署名したマイリー・サイラスのファンのツイッター(画像:ツイッターより)

「ロー対ウェイド判決」を守るためには9名の最高裁判事の過半数が必要になってくる。つまり、この9人の判決次第で事態はいかようにも転ぶのだ。

「連邦法を決定する最高裁判事は終身任期で、一度任命されたら大統領でも勝手に変えることはできません。死亡や健康上の理由などで欠員が出た時に大統領が指名して、上院で半数以上の承認をされなければなりません。

現在は9名の判事のうち6名は共和党の大統領が任命した保守派で、民主党の大統領に任命されたリベラル系の判事は3人しかいません。もし人工中絶禁止の時代に戻ると、ドミノ倒しのように“同性愛者の結婚はダメ”などと、アメリカも時代に逆行してしまうのではないかと危惧する声も出てきています」(現地ジャーナリスト)

対応に苦慮している民主党

2020年9月、女性の権利向上に貢献し、リベラル派の代表的存在として大きな影響力を持っていたルース・ベイダー・ギンズバーグ判事ががんにより87歳で亡くなった。当時、任期切れ間近だったトランプ前大統領は、ギンズバーグ氏の信条とは程遠い保守派の判事を滑り込みで就任させ、結果的に6対3と保守とリベラルのバランスが大きく崩れてしまった。

民主党では上院で過半数を取れる今のうちに若返りを求めるべきだという声が高まったことで、今年の1月、現在の最高裁判事の中で83歳と最も高齢であるリベラル派のブライヤー判事(男性)が辞意を表明した。バイデン大統領は次に最高裁判事の席が空いたときには黒人女性を指名すると約束していたこともあり、この夏には同じリベラル派の52歳のケタンジ・ブラウン・ジャクソン判事が誕生することになったが、保守派の過半数を覆すことはできないままだ。

バイデン大統領は、歴代の大統領の中ではジョン・F・ケネディに続き2人目のカトリック信者である。そのため一個人としては中絶反対の立場なのかもしれないが、民主党としては女性票を取り込むためにも中絶の権利に賛同する姿勢を見せる必要があるだろう。ただ個人的な信条とのジレンマもあってか、強いメッセージを発信することができず、対応に苦慮しているといわれている。

5月8日公表のCBSニュースの世論調査結果によると、最高裁が中絶の権利を認める判断を維持すべきとの回答は64%に上っている。

投票率が高ければ高いほど民主党に有利になるが、中間選挙は歴史的にみて注目度が低いため大統領選挙と比べてつねに投票率が低い。経済問題、ロシアのウクライナ侵攻、対中戦略など課題が山積みだが、この女性の権利をめぐる重大論点を無視していては、中間選挙の行方は民主党にとって危ういものになりかねない。

草薙 厚子 ジャーナリスト・ノンフィクション作家

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くさなぎ あつこ / Atsuko Kusanagi

元法務省東京少年鑑別所法務教官。日本発達障害支援システム学会員。地方局アナウンサーを経て、通信社ブルームバーグL.P.に入社。テレビ部門でアンカー、ファイナンシャル・ニュース・デスクを務める。その後、フリーランスとして独立。現在は、社会問題、事件、ライフスタイル、介護問題、医療等の幅広いジャンルの記事を執筆。そのほか、講演活動やテレビ番組のコメンテーターとしても幅広く活躍中。著書に『少年A 矯正2500日全記録』『子どもが壊れる家』(ともに文藝春秋)、『本当は怖い不妊治療』(SB新書)などがある。

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