有事の円は今や昔、安全逃避先としての魅力喪失 8年前のウクライナ有事とは様変わりの円急落

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円相場を巡る環境は過去8年間で激変した。

ロシア軍によるウクライナのクリミア半島侵攻があった2014年3月、ブルームバーグ・ニュースは「円相場、5日続伸-ウクライナでの緊張受け」との見出しを付けた記事で、地政学的リスクの高まりを背景に「投資家は安全な逃避先を求めた」と報じていた。

当時の国際的な市場の基本的な考え方は有事の円買いであり、こうした動きは長年繰り返されてきた。それは世界最大の純債権国としての日本の地位に起因するものだった。

日本は今でもこの地位にあるが、円相場はもはやかつてのような動きとなっていない。2月24日に始まったロシアによるウクライナ侵攻は大規模な地政学的ショックであり、以前であれば投資家にリスクオフを促していたはずだが、現行のドル・円チャートにはほとんど見当たらない。突出しているのはむしろ、金融政策の相違拡大を契機とした過去数週間の円急落だ。

  

金融引き締めの流れを受けた世界的な国債相場の急落で、日本の国債利回りも上昇圧力が加わる中にあって、日本銀行の黒田東彦総裁は今週、10年債利回りを操作目標のゼロ%程度で推移させる決意を鮮明にした。

それとは対照的に、米連邦準備制度は5月にも0.5ポイントの大幅追加利上げに踏み切るとともに、債券ポートフォリオ圧縮の計画を打ち出す準備を進めていると見込まれている。

日米の金融政策の方向性の違いを反映し、円は3月に対ドルで7年ぶりの安値を付けた。年初来では5%余りの下落となっている。

ユーロなど一部通貨と比べると、円はそれほど落ち込んでいないものの、貿易相手国・地域の通貨バスケットと比較した場合、その魅力低下ははっきり分かる。

  

日本の経常黒字はこれまでかなりの期間にわたり、よく指摘されるような日本企業の輸出力ではなく、国外資産保有からの資金フローが主な要因となってきた。エネルギー輸入コストの増大により、日本の貿易収支はこのところ赤字が続き、2月の赤字は季節調整済みで約1兆300億円と過去最大規模に膨らんだ。

JPモルガン・チェース銀行の佐々木融市場調査本部長は最近のリポートで、リスクオフ環境でも円高となっていないのは商品相場の影響が強まっていることと、それに伴う交易条件のショックを示唆しているとし、貿易収支悪化と円安との悪循環が始まったのかもしれないと指摘した。

カナダロイヤル銀行のアジア外為戦略任者アルビン・T・タン氏は、まさにこうした結果への警戒を踏まえれば、日本の当局の円安容認にも限界があることになるのではないかと語った。

ただ、円安はやがて輸出拡大につながる可能性もある。三菱UFJ国際投信の石金淳チーフストラテジストは、「円の安全資産としhての位置付けは基本的にはあまり変わっていない」と話す。「日本は世界最大の対外純資産を有している。対外純資産国の通貨はそれだけ裏付けがあり、通貨の価値が棄損にしにくい」とし、円安で「輸出は結構伸びているので、原油が反落すれば貿易黒字になるだろう」との見方を示した。

  

一方、中国の債券市場への世界的な関心の高まりも警告サインの一つだ。国際通貨基金(IMF)は最近の論文で、通貨準備の構成でドル以外に多様化を図る流れが円のシェア拡大につながっていない点を明らかにした。

HSBCホールディングスのアジア経済調査担当共同責任者、フレデリック・ニューマン氏は「これは日本の通貨についての疑念が今やずっと根深いものであり、安全な逃避先としての魅力を失って、代替通貨に道を譲っていることを示唆する。何か金融政策の違い以上のものが作用している可能性がある」と語った。

原題:

Shifts in Yen Signal Japan ‘Lost Its Mojo’ as Supreme Safe Haven(抜粋)

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著者:Enda Curran、Masaki Kondo

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