課題増だが体制は脆弱 前内閣情報官の危機感
評者/帝京大学教授 渡邊啓貴
インテリジェンス用語に「ストーブの煙突」がある。煙同様、流れが一筋であることが情報の保全につながるので、情報機関はこの伝達形式を理想としてきた。裏返すとこれは組織の縦割りにほかならず、その弊害を克服すべく、海外では政策決定部門との接点になる情報統括組織が設けられている。
本書は、日本でその任に当たる内閣情報官を8年弱務めた著者によるインテリジェンス関連の論稿を集約したもの。
著者はまず、内閣情報調査室と省庁の情報関連部局からなるインテリジェンス・コミュニティーや内閣情報会議、合同情報会議などについて説明してから、その脆弱性に対する危機感を表明している。
それは自らの経験に基づくものだ。例えば、北朝鮮の金正日(キムジョンイル)前総書記死去の情報が当時の野田佳彦首相にきちんと伝達されなかった。また、イスラム国による邦人人質殺害でも情報収集が不十分だった。
こうした状況に対する著者の処方箋は、①独立的かつ恒久的な情報機関とするには内閣官房ではなく内閣の下に置く、②純粋に情報を収集し共有するには政策立案機能を持つ省庁から情報収集・分析機能を切り離す、③在外機関、つまり大使館などを利活用する、である。3つを満たすのが内閣情報調査室の改編、独立、拡充・強化で、具体的には「局」への格上げだ。
今後の課題として強調されているのが経済安全保障だ。ブロックチェーン、バイオなどハイテクの不正移転や宇宙・サイバー空間での妨害・攪乱工作といった脅威は日々増している。著者は2019年に内閣情報官から国家安全保障局長に異動、同局で経済班を立ち上げて、経済安保政策を推進した。
こうした新旧の取り組みについて、著者は、警察組織の歩みをひもときながら歴史的に位置づけようとしているが、著者がかつて留学していたフランスの情報機関についての解説は日本を相対化する視点をもたらしてくれる。
評者もかつて調査したことがあるが、フランス内務省の権限は大きく、組織・装備も日本とは雲泥の差がある。国土監視局、総合情報局、対外安全保障総局の3つが要となる機関で、前2者の起源は19世紀にさかのぼり、人員も数千人に達する。
本書は現場の官僚の最新の関心が危機感を持って鮮明に語られると同時に、背景となる内外の歴史的事情にも目配りされた情報安全保障論である。欲を言えば、守秘義務はあるとしても、もっと体験談が聞きたかった。
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