妻の姓にした夫に「もったいない」という人の心理 夫婦別姓が進まないさまざまな理由を探る
──家族や親族、友人など周囲の反応はいかがでしたか。
意外にも男性の親族は、姓を変えることがピンとこないのか強い反対もなく、「変な奴だな」と、不思議そうな顔をするくらいでした。友人や仕事の知り合いなど、やや離れた関係性の人たちは「奥さんも喜ぶでしょう」と好意的に受け止めてくれました。
意外だったのは、女性の近しい親族が「もったいない」とネガティブに反応したことです。「あなたは男に生まれたのに、なぜ、わざわざ苦労をする道を選ぶのか」というのです。
自分たちが姓を変えて苦労をした実感もあるのでしょう。なかでも息子を持つ女性たちからは「もし息子が違う姓を名乗ることになったら、すごく寂しい」といわれたことが印象的でした。
家族を生きる「よすが」にする母親たち
──母親たちはなぜ「寂しさ」を感じるのでしょう。
彼女たちの寂しさは、「家名」「イエ」「先祖」を守るという意識ではなく、もっとパーソナルな感情から生まれていると思います。
母親たちは、高度成長期に一般的になった「サラリーマンと専業主婦」という家族モデルを生きてきて、家族を生きる「よすが」にせざるをえませんでした。
ずっと同じ姓でいてくれるはずの息子が姓を変えたら、生きていくうえでの大きな「よりどころ」までもが失われるように感じたのではないでしょうか。母親たちの寂しさは、裏返せば「最後に頼れるのは家族しかいない」という不安の表れです。
しかし、これは女性の問題だけではないのかもしれません。コミュニティーのつながりの弱さ、セーフティーネットに対する不信感などが、この国の人々の「姓」へのこだわりを強めている、ともいえるのではないでしょうか。
──男性にとって、自分の「姓」とはどのような意味を持つのでしょう。
日本社会において、男性の多くは「集団の代表者であり、メンバーを庇護している」ことを、アイデンティティーの柱としてきました。家族が自分の姓を名乗ることは、ある意味で家長として家族を庇護する立場を示すという「男らしさ」の象徴です。
「サラリーマン・専業主婦モデル」において、家族を守るとは主に「稼ぐ」ことを意味します。実際、専業主夫の経験者からは、しばしば「稼がない自分」を受け入れるのが、精神的に難しかったと聞きます。男性の多くは「家族を守る=稼ぐ」以外に存在意義を確認できず、それができないとき、自己評価が大きく損なわれてしまうのです。
結婚カップルの96%が夫の姓を選択するのは、男性がそう簡単には「男として家族を守る」という役割からおりられない、つまり「男らしさをおりられない」社会の空気を反映しているといえます。