「ルール」から見た中台のTPP加入へのハードル 台湾が有利、国有企業の存在や労働者保護など中国には高い壁

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知的財産権については、CPTPPレベルの保護を求めるアメリカからは、インターネット上の著作権侵害規制について課題が指摘されるのみで、また、法執行もWTOからはおおむね良好であると評価されている。政府調達については、台湾はすでにWTO政府調達協定に加入している。CPTPP加入に伴い、対象となる調達の上積みを求められるが、この点は交渉次第だろう。

市場アクセスについて、実行WTO税率は平均6.37%(農産物15.12%、工業製品4.16%、いずれも2019年、アメリカ不公正貿易報告書2021年版)であり、農産物はほぼ日本並み、全体平均・工業製品は日本より2%程度高い程度だ。他方、コメ、バナナ、鹿の袋角(鹿茸)など一部農畜産品に関税割当が導入され、高い二次税率が課されている。関税撤廃については、ANZTECでは4年で99%、12年で全廃を約束した実績がある。

投資については、ANZTECや台星FTAで、すべての投資の保護を原則としつつ、例外のみ明示して約束するネガリスト方式を採用し、さらにパフォーマンス要求の禁止や資本移動の原則自由を規定するなど、基本枠組みがCPTPPと似たルールをすでに受け入れている。もちろん投資家対国家紛争解決制度(ISDS)も備えている。

2022年の議長国交代を狙う中国

中国は「一つの中国」原則の下に台湾の加入に激烈な反対を示したが、加藤勝信官房長官は独立の関税地域である台湾のCPTPP加入は協定上可能と述べている。上記の「エコノミー」の定義から明らかなように、加藤長官の認識は正しく、中国の発言は、同じく台湾が独立関税地域としてWTOに加盟している事実と整合性が取れない。法的には(それこそ加藤長官お得意の)「粛々と」中台双方について手続を進めればよい。

もっとも、法的原則論としてはそのとおりだとしても、他方で「一つの中国」原則を確認した92年コンセンサスの受入れを、蔡英文政権が拒絶していることにも注意が必要だ。「一つの中国」の原則維持に固執する中国が、台湾のCPTPP加入阻止を働きかける可能性が高いことに鑑みて、WTO加盟と同様にスムーズに運ぶとは考えられない。

次に「妥当な期間内」に中台それぞれについて加入交渉開始の可否を決定しなければならないが、イギリスの例しかないので、期間の長さは相場感に乏しい。しかし事前交渉が比較的しっかり行われ、開放的なイギリスでも交渉開始決定まで4カ月を要し、日本政府関係者からは「これでも結構タイトだった」と仄聞した。こう考えると、日本が議長である2021年では、中台の申請から残すところ3カ月半弱なので、この間の交渉開始決定は現実的でない。

中国国内の報道でも親中的なシンガポールが議長となる2022年に期待する声が大きいと聞く。中国は、日本の議長年の残り期間では決定は難しいが、逆にシンガポールの議長年をフルに活用できることを意識し、この時期に申請したのかもしれない。

交渉開始後は、作業部会の議長選任が課題だろう。議長の権限は加入手続から明確ではないが、作業部会の構成や日程、また当事国間の仲介に議長が一定の裁量を持つことは間違いない。今回中国の加入申請にマレーシアとシンガポールが歓迎の意を示しており、中国としてはこれらの親中派が中台双方の作業部会を差配することを望む一方、他方でアメリカに気脈を通じる日本、カナダ、オーストラリアなどの反対が予想される。規定上コンセンサスが必要な議長選任は、収拾がつかなくなるかもしれない。

川瀬 剛志 上智大学教授

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上智大学法学部教授。1990年慶應義塾大学法学部卒。アメリカ・ジョージタウン大学ローセンター修了。慶應義塾大学大学院研究科後期博士課程中退。神戸商科大(現・兵庫県立大)商経学部助教授、経済産業省通商機構部参事官補佐、経済産業研究所研究員、大阪大学大学院法学研究科准教授を経て現職。

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