東急運転士が考案「操縦テクだけで省エネ」実践法 ゆっくり走っても「ダイヤに影響しない」ワザとは?

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TASCは駅の停止位置に自動で停まるシステムで、スピードと停止位置までの距離に応じて自動的にブレーキがかかる。スピードが速ければ減速に時間を要するため、ブレーキは停止位置よりもだいぶ手前でかかり始め、ブレーキを使う時間は長くなる。一方、低速の場合は停止位置に近づいてからでも停まれるため、ブレーキの作動開始位置はより先になる。

運転士にとっては「当たり前のこと」というこの理屈だが、一方で「停止位置にかなり近づいてからブレーキをかけるのはTASCでは無理だと思っていた」(羽野さん)。スピードが遅くても一定の地点でブレーキが作動するという考えがあったため、ブレーキ時間が長くなり、所要時間が延びてしまうと思われていたという。

だが研究の結果、早い段階でノッチをオフして惰行で走り、自然にスピードが落ちていけばブレーキを使う時間が短くなり、所要時間にはほとんど影響を及ぼさないことがわかった。例えば田園調布―多摩川間の場合、時速45kmでノッチを切って惰行で走ると、多摩川駅停車のためにブレーキがかかり始めるのはホームにさしかかってからだ。ブレーキを使う時間は非常に短くなり、到着時間は数秒しか変わらない。

この特性を見出したことが、今回の新エコ運転実現の決め手の1つとなった。「TASCのこの理論を生かして省エネ運転をしている例は他社にもないのでは」(新山さん)。羽野さんは、半自動で確実に停止位置に停まるというTASCシステム自体が、エコ運転に向いているのではないかと指摘する。

「スタンダードにしたい」

乗務区のほかの運転士の声も採り入れ、新エコ運転の手法がほぼ固まったのは今年3月ごろ。その後、踏切が多い区間では遮断機が閉まる時間が長くならないようにある程度ノッチを使うなどの改良を加え、今では目黒線運転士の全員が実践しているという。自動車の燃費にあたる、電車1両を1km走らせるための電力は、2019年4月時点では1.661kWhだったが、新エコ運転導入後の今年4月は1.455kWhまで下がった。東急電鉄は全社で同様の取り組みを行っているが、最も進んでいるのが目黒線だという。

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だが、新エコ運転はコロナ禍による利用者減少で乗降時間が短い環境下ゆえに実現できた側面もあり、利用者数が回復すれば再び停車時間が延びる可能性もある。「実はその点も考えている」と羽野さん。どの駅で利用者数が回復してきたといった情報を各乗務員がアプリの掲示板に書き込み、その内容を受けて区長の判断で従来の運転に戻すといったルールもつくってあるといい、「柔軟に対応できる」という。

さらに、目黒線は2022年度に8両編成化、同年度下期には相鉄線直通という転機を迎える。路線の両端が別会社の路線となり、乗り入れが増える中でエコ運転を維持し続けられるかの研究が今後の課題だ。

エネルギー消費を抑える運転手法は東急に限らず鉄道各社が研究に取り組んでいるというが、「TASCを導入している路線でのエコ運転は東急がスタンダードという形にしていきたい」と羽野さんは意気込む。鉄道各社が運行経費削減を迫られる中、費用をかけずに電力消費を抑える目黒線発の運転テクニックが広がっていくかもしれない。

小佐野 景寿 東洋経済 記者

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おさの かげとし / Kagetoshi Osano

1978年生まれ。地方紙記者を経て2013年に独立。「小佐野カゲトシ」のペンネームで国内の鉄道計画や海外の鉄道事情をテーマに取材・執筆。2015年11月から東洋経済新報社記者。

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