テレビ局「唯一の女性社長」意外なスタート地点 彼女が後輩の女性たちに一番伝えたい事とは?

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そして2013年、新潟テレビ21に出向し東京支社長として赴任した。

自分の経験は系列局のお役に立てるかもしれない。そんな思いをずいぶん前に当時の人事担当役員に言ったことがあるそうだ。「縁もない土地に女性を一人行かせるようなことはしない、と言われました」。

それを覚えていたからではと聞くと、当時と人事担当は変わっていたが、出向は想定外だった、と桒原氏は言う。

2015年には常務取締役となり、2016年には営業局長として新潟の本社へ。そして2017年に代表取締役社長に就任した。

出向だったのが常務になり社長にまでなった。外から見ると、社長含みでの赴任だったのではと思ってしまうが、そうではないようだ。ただ、赴任中に60歳が近づいたとき、テレビ朝日の人事から60歳になったら戻りたいかと聞かれた。

「自分がやっていることにまだ目処は立っていない、と答えました」

桒原氏自身もこのとき、新潟テレビ21の人間になる覚悟を決めたのかもしれない。

どのようなプロセスで社長になったのか?

キー局から出向してきた女性取締役が社長に任じられたのはどんなプロセスだったのだろう。

「社長に決まるプロセスに自分が参画したわけではなく、言われるだけなのでわからないんです」

自分が任じられた理由はわからないが、思い返すとほかの役員や社員と信頼関係が築き合えていたとの実感はあるという。

「信頼関係がない中で社長の権限だけ持ってもできません。一緒にやれそうだとみなさんが思ってくれてのことでしょう」

性別とは関係なく信頼関係ができている。今年65歳になる桒原氏はまだまだ新潟テレビ21に必要なトップなのだ。

最後にテレビ局で働く女性の後輩たちへのメッセージを聞いてみた。それまでの話より熱を込めて、こんなことを言ってくれた。

「肩書きがつくことが働く目的ではありませんが、俯瞰で見ると違った景色が見えるかもしれません。女性が男性よりいいところとして、家族や子どもとのつながりが強いからこそ視野が広いのではと思います。会社だけで生きていないから生活者の視点を持っている。そのことを自覚しながら仕事すればいいと思います」。女性たちは自信を持っていいのだ。そんなメッセージが伝わる。

「これから、変わっていきます。私たちの年代は女性社員の比率も低かった。当時は“寿退社”という言葉があり子どもを産んだら辞めるのが当たり前でした。でもいまの30歳以下だと男女比率は半々。そのまま仕事していけばマネジャー比率も高まるはずです。テレビ局が生き残ろうとする企業であれば、どこの部門にも優秀な女性たちが働ける場がある。そんな考えで民放労連の方たちには調査を続けてもらえればと思います。必ず変わっていきます」。テレビ局が生き残るためには、女性の優秀な能力が必要な時代になった。力強いメッセージを、こんな言葉で締めた。

「女性の後輩の皆さんの活躍を期待しています。頑張ってもらいたいし、楽しく過ごしてもらいたい。何より自分の幸せを考えて」

頑張れ、で終わらないのが素敵だと思った。そう、楽しく働いて幸せになれなければ意味がない。桒原氏にいちばん聞きたかったのが後輩への励ましだったのだが、最高のメッセージを受け取った。

「変わっていく」という言葉も、変えてきた桒原氏が言うと力強い。これから変わっていくし、変えていくのは現場の女性たちだろう。それを信じて“楽しく”頑張ってほしい。

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