東大研究者が発見した「老化細胞」除去薬の衝撃 100歳まで健康に生きることが「自然」な時代へ

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これまでの研究では、老化細胞を除去することでさまざまな老化現象が改善することはわかっていました。しかし、組織や臓器により老化細胞は性質が異なるため、それらどんなタイプの老化細胞にも効く薬剤の開発には至っていませんでした。

われわれ研究チームは、老化細胞の生存に必須な遺伝子を探し、それが「GLS1」という遺伝子であることを突き止めました。さらに、老化細胞は、リソソームと呼ばれる細胞内小器官の膜に傷ができ、細胞全体が酸性に傾くが、「GLS1」が過剰に働くことで中和され、死滅しないまま細胞を維持することも明らかにしました。

そこで、この遺伝子「GLS1」の働きを止める薬剤を投与したところ、老化細胞が除去され、老化に伴う体力の衰えや生活習慣病が改善することを証明しました。

老化は「常識」から「サイエンス」になった

老化研究が注目されるようになったのは、ごく最近のことです。僕は、いまから30年前、アメリカに留学していた頃に細胞老化という現象に興味を持ち、それ以来ずっと研究を続けていますが、当初はほとんど注目されておらず、現象論ばかりで分子機構も明らかにされていない時代でした。

中西 真(なかにし まこと)/東京大学医科学研究所がん防御シグナル分野教授。名古屋市立大学医学部医学科卒業、名古屋市立大学大学院医学研究科博士課程修了(医学博士)。自治医科大学医学部助手、米国ベイラー医科大学留学、名古屋市立大学大学院医学研究科基礎医科学講座細胞生物学分野教授を経て、2016年4月より現職(写真:筆者提供)

当時盛んだったのは、細胞周期に関する研究です。2001年には細胞周期の制御因子を発見した研究者がノーベル賞をとり、僕もその波に乗って細胞周期の研究に取り組みつつ、ほそぼそと細胞老化の研究も並行してきました。

老化研究のいちばん難しいところは、とにかく時間がかかるということです。例えば、一口に「カメの寿命にともなう死亡率の研究」と言っても、カメは100年以上生きますからね。高齢マウスの研究でも、2~3年はかかります。たかだか20~30年の研究者人生の中でできることには限りがあるのです。

社会にとっては非常に必要な研究だけれど、何十年もなんの結果も出さずにいることは、許してもらえませんからね。

そんな老化研究全体の空気が変わったのは、この数年です。まず、2014年に科学誌『ネイチャー』で、老化の過程は生物種によってかなり異なるということが報告されました。ヒトは、老化による機能低下などで寿命を迎えますが、生物種のなかには、老化そのものが寿命を規定していないものがたくさんいるというのです。

また、2016年には、同誌に、ヒトの最大寿命は120歳であるという報告も掲載されました。それまでなんとなく「年とともに老いて、長くても120歳ぐらいで死ぬものなんだろう」と思われていたことが、サイエンスとして一流の科学誌に取り上げられたわけです。

老化現象というものが、一般常識の範疇から、サイエンティフィックに非常に面白い対象なのだと認識されることになり、多くの研究者が参入するきっかけになりました。

とくに、生物種によって老化の過程が異なるというのは、非常に面白い話です。

ヒトは、加齢に伴って死亡率が急激に増加する典型的な生物ですが、ある種のカメやワニなどには、そのような現象が起きません。もちろん、ある決まった寿命で死ぬのですが、年をとっても、人間でいう白髪が出たり老けたりという、老化の表現型が出ないのです。 

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