「感染症危機管理」が国の安保を左右する理由 今や感染症は軍事紛争並みの脅威になっている

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感染症危機は、国家間の軍事紛争と比較しても、多くの死者をもたらす。例えば、日本政府による新型インフルエンザの死者の推計は、日本が近代以降に行った戦争の死者と比較した場合、その影響の大きさがわかる。

また、同盟国であるアメリカにおいても、以下の推計のとおり、新型コロナ危機による死者数は、2021年1月15日時点で、すでに第2次世界大戦の死者数を超えている。

さらに、国家安全保障の非伝統的な脅威であるテロリズムによる世界全体の死者数は、1970〜2017年の48年間で約41万2千人 であるが、新型コロナ危機による世界全体の死者数は、1年間(2020年12月27日時点)で約175万5000人に上る。「最も凶悪なバイオテロリストは自然(Nature)である」と言われるゆえんだ。

このように、パンデミック級の感染症危機が発生した場合に、それが国家存立の核である国民全体に与える影響は、これまでの国家安全保障が対象としてきた伝統的及び非伝統的脅威と比較して甚大であることは明らかである。

感染症危機は経済安全保障にも関係する

日本に影響を及ぼす感染症危機は近年、発生頻度が増している。特に、自然発生的な新興・再興感染症は、2〜3年に一度の割合で発生している。

感染症危機は、必然的に経済安全保障に関係する事案をも付随して発生させることも大きな特徴である。

まず、マスク、個人防護具、人工呼吸器、治療薬、ワクチンといった戦略物資の国際的調達と研究開発が、感染症危機による被害極小化のために行う危機管理オペレーションの成否に多大なる影響を及ぼすからである。新型コロナ危機では、これらの国内生産能力が十分でない途上国のみならず、先進国ですらも急増する国内需要への供給に難渋し、物資の獲得競争に陥った。

また、感染症危機に直面した政府が、感染症危機管理オペレーションを行うことによって、社会経済活動を圧迫する事態を副作用として必然的に発生させ、危機への適応のための根本的な構造転換を要請するからである。新型コロナ危機が促したデジタル化の推進などは最たる例だ。

以上を踏まえて、感染症危機が、日本の危機管理上の重要事項であることに加え、国家安全保障が対象とする脅威の重要な一角を占めていることを強く認識する必要があるだろう(後半に続く)。

阿部 圭史 政策研究大学院大学 政策研究院 シニア・フェロー

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あべけいし / Keishi Abe

政策研究大学院大学 政策研究院 シニア・フェロー、医師。専門は国際政治・安全保障・危機管理・医療・公衆衛生。国立国際医療研究センターを経て、厚生労働省入省。ワクチン政策等の内政、国際機関や諸外国との外交、国際的に脅威となる感染症に対する危機管理に従事。また、WHO(世界保健機関)健康危機管理官として感染症危機管理政策、大量破壊兵器に対する公衆衛生危機管理政策、脆弱国家における人道危機対応に従事。著書に『感染症の国家戦略 日本の安全保障と危機管理』、『コロナ民間臨調報告書』(共著)。北海道大学医学部卒業。ジョージタウン大学外交大学院修士課程(国際政治・安全保障専攻)修了。

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