日本で「ナイキ動画」批判された当たり前の理由 日本に人種差別はないという人に伝えたいこと
別の場面では、在日韓国・朝鮮系と思われる女子学生が「在日問題」について討論するネットの記事を読んでいる。日本では、韓国人系は厳しい差別の対象にされている人種グループの1つだ。実際、私が16年間日本で暮らした中で聞いたヘイトスピーチのほとんどは韓国人や関連コミュニティに向けられたものだった。このCMでは、この女子学生は通りで身の危険を感じるほどジロジロ見られ、もう少し目立たないようにすべきか、そうすれば人に好かれるかもと考える。
3人目の少女は周りと同じようにちゃんとしなければという思いに悩む典型的な日本人らしいが、そうした思いは少女が周りに溶け込むのも、学校の成績に対する両親の期待に応えるのも難しくしているため、「私って期待外れなのかな?」と自問する。また、母親と口論して他の子と比べないでほしいと懇願する場面も登場する。
この3人の少女はみんなサッカー選手で、ナイキの伝えたいメッセージはスポーツがあらゆるバックグラウンドの人々を1つにするということ、そしてスポーツの力を通して、人はあらゆる障害を克服できるということだ。なぜなら、CMの最後には、3人の少女がみんな「我慢なんてしなくていい」と結論づけるからだ。
彼女たちは、いつか遠い未来に我慢しなくていい時がやってくるのを待つ必要なんてない――自信を持って、戦うことによって、自分のやりたいことを全力でやることで、自分の人種やありのままの自分を、誇りをもって愛することで、今すぐ変えていけるのだと。少女たちを止めることはできない。
批判が起こったのは驚くことではない
特に、日本で多文化のバックグラウンドを持つ日本人の子供たちを育てている非日本人の両親たちから賛同の声が寄せられた一方、多くの日本人や海外の白人たちからは怒りや批判の声が集まったことは、驚くことではなかった。
こうした批判や中傷を行う人の中には、他者の話を徹底的に無視したり、日本での生活の現実を無視しながら、ナイキがありもしない問題をでっち上げているとさえ言って批判し、ナイキ製品のボイコットを呼びかけた人々もいた。日本人は同一の人種から成るとされており、ほんの少数のマイノリティのみに影響するだけの小さな問題であるはずなのに、ナイキのような企業が言及することで問題を誇張しているのだと言うのだ。
一部の人がネット上で、ナイキの広告は「日本の誤った印象を作り上げている」としてナイキ製品のボイコットを呼びかけている事実は、非常に多くのことを物語っている。
八村塁、宮本エリアナ、大坂なおみ、吉川プリアンカ、副島淳、また最近では杤木愛シャ暖望などを始めとして、2つの人種の血を引く日本人のほとんどが、いじめについて話してきた。
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