40兆円の日銀ETF、「個人に直接譲渡」案が急浮上 香港では事例あり、日本で実施するリスクは?

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さいわい、日銀をはじめとする主要国中央銀行の一斉金融緩和が効を奏し、コロナ禍にもかかわらず、金融システムは揺らぐことなく、株式市場はむしろ暴騰している。根底にあるのは、中央銀行が市中にばら撒いた過剰なマネーにほかならない。

しかし、追加緩和の副作用は日銀そのものに逆流し始めている。

3月の追加緩和に伴い日銀の資産残高は9月末で、前年同期比21.1%増の690兆0269億円に膨らんだ。内訳は国債が前年同期比10.5%増の529兆9563億円、J-REIT(不動産投資信託)が同19.9%増の6420億円、そしてETFが同24.5%増の34兆1861億円などだ。いずれの保有残高も過去最高額となっている。

残高が増えるにつれ、その出口戦略は難しくなる。「最大の保有者である日銀が売りに出れば、それだけで価格が下落し、日銀は損失を抱えるというジレンマに直面する」(市場関係者)ためだ。

とくに株式は国債のように満期まで持ち切るという対応ができない。どこかの局面で売る行為が必要になる。いったい、どうするのか。まさに日銀が頭を抱えるゆえんだ。

ETFの買い入れ決めた元幹部が戦略提案

そこで浮上している案の1つにETFを個人に直接譲渡して保有してもらうという構想がある。提案しているのは、元日銀理事で、日銀のETF買い入れ政策を決めた当時の企画局長、櫛田誠希氏(現・日本証券金融社長)だ。

個人の購入希望者を募って、日銀が保有するETFを譲渡するという案で、「一定期間、相応のインセンティブ付与を前提に売却制限を付して譲渡する」ことなどが考えられている。

つまり、ETFを割引価格で個人に譲渡する。譲渡後は一定期間保有を義務付けるというスキームである。日銀が保有するETFは株価上昇で含み益があり、相応の割引価格でも日銀に損失は生じない。かつ、売却制限を課すことで市場インパクトを減殺できるというわけだ。

同時に、この個人への譲渡案は、「貯蓄から投資(資産形成)」を推し進める金融庁にとっても渡りに船となる。「預貯金を中心に積み上がる個人金融資産を投資に振り向けたい金融庁にとって、日銀のETFを個人に割引譲渡することはまさに一石二鳥の妙案といえる」(市場関係者)。

実は1990年代後半のアジア通貨危機時に、香港政府が市場から株式を買い上げ、その出口戦略として買い上げた株式でETFを組成し、価格を割り引いて個人に譲渡したことがある。この施策はその後の個人投資家の育成に資することになったと評価されている。

だが、はたして同様のことが日銀でも可能なのか。日銀のETF保有額は香港の事例と比べようもないほど巨額であり、「割引価格で譲渡しても、その後の株価下落で個人投資家が損失を被るリスクは消えない」(市場関係者)ことは確かだ。日銀の悩みは深い。

森岡 英樹 経済ジャーナリスト

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もりおか ひでき / Hideki Morioka

1957年生まれ。早稲田大学卒業後、 経済記者となる。1997年、米コンサルタント会社「グリニッチ・ アソシエイト」のシニア・リサーチ・アソシエイト。並びに「パラゲイト ・コンサルタンツ」シニア・アドバイザーを兼任。2004年4月、ジャーナリストとして独立。一方で、公益財団法人埼玉県芸術文化振興財団(埼玉県100%出資)の常務理事として財団改革に取り組み、新芸術監督として蜷川幸雄氏を招聘した。

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