映画「ファヒム」に見る非情な世と大人達の愛情 チェスでフランスへの亡命叶えた父子の実話

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本作のメガホンをとったピエール=フランソワ・マルタン=ラヴァル監督は、アサドとの撮影を「とても感動的だった」と振り返る。劇中に登場するファヒム同様、最初に会った頃のアサドはフランス語もほとんど話せない状態だったが、彼に付き添った先生や、撮影スタッフらと接するうちに少しずつフランス語をマスター。最終的にはフランス語を流暢に話せるまでになったという。

さらに撮影のために受けたチェスの特訓についても、飛躍的な成長を見せた。1週間のレッスンの後、試合に出場することになったアサドは、その試合で勝利を収めるほどに上達していたのだ。マルタン=ラヴァル監督も「あぜんとしました。アサドはファイターです。彼が役に入り込むときは、撮影がなくても24時間役に打ち込んでいるんです」とその役作りを称賛する。そうやって自身の体験を織り交ぜてファヒムを演じたアサドだったが、そんな映画の撮影が彼自身の成長にもつながったようだ。

美しいエッフェル塔の下で暮らすことになったが、厳しい生活を強いられることになるファヒム父子 ©POLO-EDDY BRIÉRE.

だが、子どもがあっという間に西洋の異文化を吸収するのと反比例するかのように、父親のヌラは疎外感を抱いていた。言葉もわからない、仕事も見つからない。そんな父親の思いについてマルタン=ラヴァル監督は「自分の息子が新しい世界に順応していく喜びと、自分から離れていくような悲しみとの間で戸惑っているのです。“適応”は常にアイデンティティーの消失を伴います」と分析する。

本作主人公のモデルとなった、実在のファヒム・モハンマドもインタビューで「フランスでの最初の数年間は父にとって地獄のようでした。政治亡命の申請を拒否された時、父は路上生活を始めました。仕事もなく、身分証もありませんでしたが、僕をチェスクラブに連れて行き、見つかるかもしれないリスクを冒しながら何時間も待っていました。父は僕よりずっとつらい思いをしていましたが、不平不満を言っているのを聞いたことはありません」と振り返る。

ファヒムの実際の体験が監督の心を動かす

友人やチェスといった逃げ場があった自分に比べて、父は身分を隠すために誰とも話すことはなかった。それがゆえに、フランス語が上達することができなかったのだと振り返る。そんな父親の献身的な愛情にファヒムは「父は命の恩人であり、すべては父のおかげです。この映画では、ファヒムに対する父親の愛情をとても感じることができるので、とても満足」だったという。

そしてファヒムを指導するコーチ、シルヴァン・シャルパンティエを演じたのはフランスが誇る名優ジェラール・ドパルデュー。子どもたちにチェスを指導する際には、興奮のあまり壁をドンドンとたたいてしまうような、一見、粗野な人間のようにも見えるが、心根は優しく寛大で、温かい人柄の人物だ。

師として、そして友人としてファヒムの成長を温かく見守る役柄を好演している。なお、シルヴァンのモデルとなった、ファヒムの恩師グザヴィエ・パルマンティエは映画の完成を待たずに亡くなってしまったそうで、この映画は彼にささげられている。

マルタン=ラヴァル監督は本作を制作するにあたり、「私は映画作家ですが、一方で父親でもあります。私生活では子どもに対する理不尽に何よりも怒りを感じます。だからファヒムの体験が私を揺り動かしたのは当然のこと」だと感じたという。それゆえに、異国の地でなんとか生き抜こうとするファヒムの姿、そして彼を支えようとする周囲の人の姿は心を打つものがある。

壬生 智裕 映画ライター

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みぶ ともひろ / Tomohiro Mibu

福岡県生まれ、東京育ちの映画ライター。映像制作会社で映画、Vシネマ、CMなどの撮影現場に従事したのち、フリーランスの映画ライターに転向。近年は年間400本以上のイベント、インタビュー取材などに駆け回る毎日で、とくに国内映画祭、映画館などがライフワーク。ライターのほかに編集者としても活動しており、映画祭パンフレット、3D撮影現場のヒアリング本、フィルムアーカイブなどの書籍も手がける。

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