26歳アイドル「あの日、私を襲った事故」の真実

猪狩ともか「突然、看板が倒れ、下敷きに…」

26歳のあの日、「立つ自由さえ奪った」事故の真実とは(撮影:西邑泰和)
東京都より「パラ応援大使」に任命され、「東京2020パラリンピックの成功とバリアフリー推進に向けた懇談会」メンバーでもある、「仮面女子」のアイドル、猪狩ともか。
彼女は26歳のある日、強風で倒れてきた看板の下敷きになり、脊髄損傷を負って、以後、下半身不随に。歩くことはもちろん、自力で立つことさえできなくなった。
絶対安静の状態からリハビリを経て、車椅子に乗りながらアイドルとして復帰を果たし、現在は、NHK Eテレ『パラマニア』にレギュラー出演するなど、アイドル以外にも活動の場を広げている。
彼女が、「事故の真実」と「それでも前向くことができた55の言葉」をすべて記した初めての著書『100%の前向き思考――生きていたら何だってできる!  一歩ずつ前に進むための55の言葉』が本日発売された。
本記事では、「物語」と「55の言葉」の2部構成のうち、第1部「物語」の冒頭、「プロローグ」の全文を公開する。

26歳で突然迎えた「あの日」のこと

その日、私は大荷物を持って秋葉原にあるライブ会場「仮面女子CAFE」に急いでいました。

『100%の前向き思考――生きていたら何だってできる! 一歩ずつ前に進むための55の言葉』(書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします。紙版はこちら、電子版はこちら。楽天サイトの紙版はこちら、電子版はこちら

私は地下アイドルグループ「仮面女子」に所属しています。仮面女子は秋葉原に「仮面女子CAFE」という専用の劇場があり、主にそこでライブ活動を行っています。

その日、私はステージの出演はなかったのですが、ダンスレッスンと新曲の振り入れ(振り付けを覚えること)がありました。当時はダンスレッスンや整体も、「仮面女子CAFE」で公演時間外に実施されていました。

私はしばらくレッスンを受けていなかったので「そろそろやらなきゃいけないな」と思い、本当にたまたま、その日に参加しようとしていました。そしてダンスレッスンの前には整体の予約を入れていました。

次の日には大阪での仕事が入っていたので、そのまま仮眠して早朝大阪に向かえるよう、キャリーケースをゴロゴロ転がして歩いていました。

あのとき、もし靴ヒモがほどけて結び直していたら。もし、誰かから電話がかかってきて歩みを止めて通話をしていたら。もし、のどが渇いて自動販売機で飲み物を買っていたら。わずか数秒でも手前で何かをしていたら……。もっといえば、整体を別の時間に予約していれば……。

私は事故には遭っていませんでした

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