石橋湛山と下村治の慧眼に学ぶ「積極財政」論 「生産力強化」がコロナ危機で求められる理由

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もし、インフレを防ぎたければ、財政収支の不均衡ではなく、実体経済における需給の不均衡、すなわち需要過剰あるいは供給不足を是正しなければならない。

しかし、現下のコロナ危機はインフレどころか、デフレ、すなわち需要不足を深刻化させている。ということは、日本政府は、必要な財政支出を好きなだけ増やせるのだ。基礎的財政収支の赤字など、問題ではない。

にもかかわらず、財政健全化論者は、なおも財政赤字の拡大を懸念する。財政赤字の歯止めが利かなくなり、インフレが止まらなくなるというのだ。

その際、財政健全化論者は、歴史の教訓を引き合いに出す。その1つは、第2次世界大戦直後の日本の激しいインフレである。この激しいインフレは、預金封鎖や新円切替、財産税などの強行措置、さらには1949年にGHQの経済顧問となったジョセフ・ドッジによる厳格な緊縮財政(いわゆる「ドッジ・ライン」)によって、収束したと言われている。

対GDP比政府債務残高は戦時中の巨額の国債発行により、終戦直前の1944年までに200%程度に達していた。財政健全化論者は、この数値を根拠に、巨額の政府債務がハイパーインフレをもたらすと主張している。

だが、2019年時点の対GDP比政府債務残高は、230%程度と、すでに1944年を超えているが、日本経済はいまだデフレを脱却できずにいる。インフレの気配など皆無だ。つまり、終戦直後の高インフレから得るべき歴史の教訓とは、「政府債務の規模とインフレは必ずしも関係していない」ということなのだ。

要するに、財政健全化論者がよく引き合いに出す終戦直後の高インフレの事例は、むしろ、現在の日本が財政危機ではないことを支持する証拠なのだ。

それでもなお、財政健全化論者は、いったんインフレになったら制御不可能になると強硬に主張し、危機感をあおっている。

石橋湛山と下村治の「積極財政」論

ならば、終戦直後のインフレ処理を実際に経験した大蔵官僚の証言を聴いてみよう。その大蔵官僚とは、後に、高度成長を実現した池田勇人内閣のブレーンとして活躍した下村治である。

当時の高インフレについて、下村は、次のように診断している。

その第1の原因は、戦争による「異常な生産力破壊という状況」にあった。また、当時の税務当局の徴税力に欠陥があったことも理由の1つとして挙げられる。さらに、当時は労働組合の政治力が極めて強く、賃金上昇圧力が過大であったという事情もある。

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