1人当たりGDPが大きな国ほど大きく落ち込む 政府は甘い見通しを捨てて「備え」の強化を

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実際に、サンプル数は先ほどのグラフと同じで限定的であるものの「IMFの4月経済見通しにおける20年の成長率の下方修正幅」を被説明変数とし、「3月末時点の人口100万人当たりの新型コロナウイルスの感染者数」と「1人当たりGDP(2019年、ドル建て)」の2つを説明変数とした重回帰分析を行うと、「感染者数」(t値マイナス5.7)だけでなく「1人当たりGDP」(t値マイナス3.0)も十分に統計的に有意な結果、つまり1人当たりGDPが多い国はIMFによる見通しの下方修正幅が大きいという関係、が得られる。

IMFは4月の経済見通しにおいて、日本の2020年の成長率見通しをマイナス5.2%(前回対比マイナス5.9%)とした。仮にIMFの予想通りになったとすると、GDPの水準は2013年とほぼ同程度となる。

マイナス幅は非常に大きいが、2013年の日本経済が壊滅的な状況であったわけではなく、この7年間で「飛躍的に生活水準が上がった」と感じている人はそれほど多くないだろう。考えようによっては「7年前の生活水準に戻るだけ」と言うこともできる。

これまでの成長戦略は持続可能ではない

しかし、これは「日本経済全体が等しく縮小した場合」という強い前提が必要である。実際にはインバウンドに関連した業種や、自粛によって影響を受けやすいレジャー関連の業種などにその影響が大きく偏っており、生活が困難になる人も生じてしまう可能性が高い。

そして、これらの業種の多くは「選択的支出」に該当し、最近の日本の成長率維持に貢献してきた業種である。「コロナ後」の社会において、感染対策を続けながらの「新しい生活様式」が長期化する場合、日本経済は大きな成長の原動力を失うことになる。

完全に「旧来の」生活様式に戻った後、政府や日本国民はインバウンド消費や働き方改革の推進による余暇消費の拡大などのこれまでの成長戦略を再拡大すべきか否か、という選択を迫られる。新型コロナウイルスの感染拡大によって、これまでの成長戦略は想定以上にリスクが高いことが示されてしまったが、その上でリスクを取り続けるのか(再びレバレッジをかけるのか)、より低い成長に甘んじるのかという選択である。

人口減少社会において「基礎的消費」をテコに成長率を押し上げることは困難であるため、成長を追求するのであれば、多かれ少なかれこれまでの成長戦略を推進せざるを得ない(リスクを取らざるをえない)ことを考えると、政府はリスクを取ることを選ぶだろう。

その場合、リスクの想定が大きくなってしまった以上は、今までよりも「備え」、すなわち経済対策拡充や金融緩和を発動できる余地をつくっておくことが必要であるということは明らかである。

末廣 徹 大和証券 チーフエコノミスト

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すえひろ とおる / Toru Suehiro

2009年にみずほ証券に入社し、債券ストラテジストや債券ディーラー、エコノミスト業務に従事。2020年12月に大和証券に移籍、エクイティ調査部所属。マクロ経済指標の計量分析や市場分析、将来予測に関する定量分析に強み。債券と株式の両方で分析経験。民間エコノミスト約40名が参画する経済予測「ESPフォーキャスト調査」で2019年度、2021年度の優秀フォーキャスターに選出。

2007年立教大学理学部卒業。2009年東京大学大学院理学系研究科物理学専攻修了(理学修士)。2014年一橋大学大学院国際企業戦略研究科金融戦略・経営財務コース修了(MBA)。2023年法政大学大学院経済学研究科経済学専攻博士後期課程修了(経済学博士)。

 

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