濡れ衣でリンチ殺人招いたSNSフェイクの恐怖 「自分ではない自分」がネット上に創られる

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取材班は、リカルドさんの母、ロザリオさんに会って話を聞くことができました。

当時、ロザリオさんは、子どもたちを養うためにアメリカに出稼ぎに出ていました。

事件の直前、SNSに流れてきた息子のニュースを目の当たりにしたロザリオさんは、すぐさま「息子は無実。危害を加えないで」と投稿。しかしその声はフェイクニュースにかき消されてしまい、悲劇が起こってしまったのです。

さらに、ロザリオさんに追い打ちをかけるように、衝撃的な事実が判明しました。実は、息子たちを殴打した大衆の中に、自分たちの親族も含まれていたというのです。「なぜこんなことが起きてしまったのか。なぜ、フェイクを信じて拡散してしまったのか。本当にわからない」と、涙ながらに話してくれました。

事件から2年。街には、まるで事件などなかったかのような平穏な空気が流れていました。そう、ロザリオさん家族を除いては。ロザリオさんは、事件後、出稼ぎをしていたアメリカからメキシコに帰国。事件が起きた現場では、毎日買い物で通るたびに、当時の思い出がよみがえり、今も苦しい気持ちになると言います。

さらに、生活も追い詰められていました。故郷で仕事を探していますが、いまだに定職を見つけることができずにいます。現在、夫と、母親、2人の子どもと暮らしていますが、すでに貯金は底をつき、今後、どのように養っていけばいいか、わからないと言います。

根も葉もないフェイクニュースを信じていた

なぜこのような事件が起きたのか。私たちは、この事件についてファクトチェックを行った地元メディアに、取材を行いました。記者のモニカ・クルズさんは、ファクトチェック動画を投稿したところ、思わぬ反応が返ってきたと言います。

「亡くなったあの青年は、車を盗むことで有名だったのよ」

「あの青年は、大学で勉強もせずに、密輸に関わっていたんだ」

その根拠を問いただすと、「そういう噂を聞いただけ」など、根も葉もないフェイクニュースを信じていたと言います。事件後、警察が「亡くなった2人は、誘拐などしていない」という声明を発表したにもかかわらず、真実よりも、「フェイクニュース」を信じる人が多いという現実がありました。

モニカさんは「フェイクニュースはつねに感情に訴えかけます。それはほぼネガティブな感情です。誘拐犯が来たというニュースで不安があおられている中で、“こいつが犯人だ”というフェイクニュースが、火に油を注ぐ結果となってしまったのです。だからこそ、ニュースを拡散する前に、いかに私たちが冷静になって事実かどうかの判断をするかが、何より重要なのです」と言います。

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