「キャリア中断に及び腰な日本人」の致命的問題 「社員に回り道を許さない」日本企業の悪癖

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こうした日本の事情からすると、労働者は休職とか転職とか余計なことを考えず、学校を出て就職した会社に定年まで勤続するべき、ということになります。

しかし、キャリア中断には大きなメリットがあります。それは「職業能力が向上する」ことです。

最近リカレント教育(社会人の学び直し)が注目されているとおり、キャリア中断の間にMBA留学や資格取得といったキャリアチェンジのための本格的な学習に取り組むことができます。ビジネスを学ぶ場合はもちろん、ボランティアや田舎暮らしをすることでも、大いにプラスになるでしょう。

職業能力と言うと、私たちは翻訳・会計処理・プログラミングといった実務スキルをまず想起します。ただ、こうした業務の多くは早晩、ロボット・AI・外国人労働者に取って代わられる可能性もあります。その状況でビジネスパーソンに要求されるのは、問題を発見したり、アジェンダ(取り組み課題)を設定したり、イノベーションを生み出したりすることです。

こうしたロボット・AIに代替されにくい業務をするために不可欠なのが、他人と違った視点、広い視野、発想の転換です。

同じ会社で同じ仕事に取り組み、職場の同僚と呑みに行くのでは、他人と違った視点、広い視野が身に付きませんし、発想の転換ができません。キャリアを中断して多彩な体験をすること、社外のいろいろな人と出会うこと、会社の外からビジネスを見つめること、そして自分自身を見つめ直すことが極めて有効です。

アメリカではMBAなどを経てキャリアアップをするのが一般的です。日本では、キャリア中断による成功事例はさほど多くありませんが、トヨタグループの創始者・豊田佐吉が青年時代に放浪・出奔と発明を繰り返していたのは、参考になります。

「そうは言っても…」という方は

私は企業研修などの場で、以上のようにキャリアの中断の効用を紹介します。しかし、受講者からの反応は芳しくありません。

「日沖さん、そうは言っても、長期休暇なんて簡単に取れませんよ。ましてや休職・退職なんて到底無理です」

そういう方は、継続して働く日常の中で、他人と違った視点、広い視野、発想力をいかに身に付けるかを考え、工夫したいところです。

注目したいのが、「サードプレイス」です。サードプレイス(third place)とは、自宅でも職場でもない第3の場で、カフェ・公園・クラブなどです。

この概念を提唱したアメリカの社会学者レイ・オルデンバーグは、市民社会・民主主義を確立し、市民参加を促す場と位置づけていますが、ビジネスにおいても有効です。自分なりのサードプレイスを見つけ出し、週1度でも立ち寄って、仕事のこと、世の中のこと、自分自身のことを振り返ってみるというのはどうでしょうか。

政府にも、キャリア中断を支援する政策を期待したいところです。ベルギーのような休職中の所得補償もそうですが、それよりも喫緊の課題は、支援どころかキャリア中断を事実上、処罰している退職金税制の見直しです。

昨年、自民党税制調査会の甘利明会長は退職金税制の改正に意欲を示していましたが、2019年12月に決定された「令和2年度税制改正大綱」で、改正は見送られました。

働き方改革のうねりの中で(育休以外には)あまり注目されないキャリアの中断。政府・企業・労働者が一体となって、改革に向けた議論を盛り上げていきたいものです。

日沖 健 経営コンサルタント

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ひおき たけし / Takeshi Hioki

日沖コンサルティング事務所代表。1965年、愛知県生まれ。慶應義塾大学商学部卒業。日本石油(現・ENEOS)で社長室、財務部、シンガポール現地法人、IR室などに勤務し、2002年より現職。著書に『変革するマネジメント』(千倉書房)、『歴史でわかる!リーダーの器』(産業能率大学出版部)など多数。

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