「恐怖の大魔王」チンギス・ハンの戦わない戦略

"プロパガンダ"を徹底して使い倒した

チンギス・ハンは「ペンは剣よりも強し」を経験から学んでおり、自分が恐怖の大王であることを宣伝し広めることで敵に恐慌を起こし、攻める前から士気を下げることに努めました。

例えばイスラムの年代記編者は、チンギス・ハンはこのように語ったと伝えています。

「男が味わえる最大の喜びは、敵を征服して自分の前に引きずりだすことである。敵の馬に乗り、敵の所有物を奪うこと。敵が愛する者たちの目を涙でぬらすこと。そして敵の妻や娘を、自分の腕にかたく抱きしめることだ」

チンギス・ハンはこの種の言説を、自分の品位を傷つけるとは考えずにむしろ奨励し、言葉や文字によって伝聞させる戦略を採りました。

このようなプロパガンダは後の世にも語り継がれ、「モンゴル兵=暴力・破壊・残虐・無知・野蛮」というイメージが、現在に至るまで染み付くことになってしまうのです。このような恐怖のイメージがつきまとう一方、モンゴル帝国はかつてない巨大な経済圏をユーラシア大陸全体に作り上げ、経済でもって世界を支配しようとしました。

次の大国の礎となって消えたモンゴル帝国

モンゴル帝国は大都(現北京)を都とする大元(だいげん)ウルスを中心に、中央アジアを支配するチャガタイ・ウルス(通称チャガタイ・ハン国)、イラン高原を支配するフレグ・ウルス(通称イル・ハン国)、ユーラシア西北草原を支配するジョチ・ウルス(通称キプチャク・ハン国)により構成された緩やかな形の連邦国家を構成し、陸上と海上の流通を掌握して世界交易圏を確立しました。

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モンゴル帝国はユーラシア各地に都市・港湾・運河・道路を建設して流通網の整備を図り、銀を基本とする通貨体制を確立させて自由経済と通商振興策を採り、税率はほぼ一律に3.3%に抑えられました。

統治の面では宗教や社会など在地の勢力を単位にしてそれぞれ自治にゆだねモンゴルの慣習を強制することはありませんでした。宗教面でもモンゴル帝国は大変寛容で、キリスト教、仏教、イスラム教、その他諸々の宗教を人々は自由に信仰できました。モンゴル帝国は民衆の生活を保障するような統治はしませんでしたが、一方で生活にも干渉をせず、多文化・多人種・多宗教・多言語がそのまま帝国内にあることを認める社会体制でした。

初めて1つの経済圏として結び付けられたユーラシア大陸は、1310年から1380年まで続く長期の異常気象に襲われます。地震や洪水、疫病などの厄災が帝国各地を襲い、土台である経済が破綻し、次第に帝国は解体していくことになります。

大元ウルスは1368年に中原からモンゴル高原に戻って「北元(ほくげん)」として、明清帝国と並立することになります。フレグ・ウルスからはアク・コユンル(白羊朝)、カラ・コユンル(黒羊朝)、サファヴィー朝、そしてオスマン帝国が生まれていきます。

ジョチ・ウルスからはウズベク国家やカザフ遊牧国家、カザン・ハン国やクリム・ハン国、そして彼らと戦う中で力をつけてやがてシベリア一帯をのみ込んでいくロシア帝国が生まれていくことになるのです。

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