慶應商学部卒で学習塾に就職した男性の悲哀

卒業したときは30歳、商社は「全滅」だった

さらに、不運なことに、ユウジさんが大学を卒業したのは2009年、リーマンショックの翌年だった。2000年代半ばから、一時的に売り手市場に戻っていた就職状況は、再び氷河期時代に戻ってしまった。

ユウジさんは大手商社への就職を希望したが、ほとんどの会社で面接にさえ進むことができなかった。職種を広げたものの、連戦連敗。学内の就職相談窓口で、担当者から「あなたの年齢では、正社員の内定はもらえませんよ」と言われ、ショックを受けたという。

「商社を希望した理由は、とくにあるわけじゃないんです。響きというか、イメージというか。同級生たちが『○○は丸紅から内定が出た』『電通に受かったよ』と話しているのを聞いて、自分もそういうところに就職するんだろうと、漠然と思っていました。世間知らずと言われるかもしれませんが、年齢がネックになるなんて、思ってもみませんでした」

その後、周囲から「学歴にあぐらをかくな」「受験勉強なら人一倍経験しているだろう」などとアドバイスされ、ハローワークを通して、学習塾への就職を決めた。

しかしユウジさんによると、これまで働いてきて学習塾は、いわゆる“ブラック企業”が少なくなかったという。

学習塾では年収200万円を超えたことがない

最初の勤務先では、「2カ月間の“仮採用”の後、正社員にします」という約束だったのに、ふたを開けてみると、アルバイトに“格下げ”された。勤務時間もフルタイムから1日4時間に減らされ、月収も約14万円から約5万円にダウン。到底、生活することができず、やむをえず退職した。

ユウジさんは格下げの理由について「ある日、突然、上司から中学校レベルの平方根の問題を出されたんです。でも、緊張して解けなかった。普段なら余裕でできるのに……。そうしたら、『(正社員化は)様子をみましょう』と言われてしまいました」。

さらに、その後に転職した学習塾では、上司にあたる教室長からパワハラを受けた。入塾相談に訪れた保護者からその場で契約を取れないと、「てめぇ、この野郎、何やってんだよ」「これだから、優等生は。どうせ、勉強しかしてこなかったんだろ!」と怒鳴られたという。そして、ここでも、正社員から時給800円のアルバイトへと切り替えられた。

工場派遣や家庭教師といった仕事を挟みながら、結局、5カ所ほど学習塾を渡り歩いた。この間、年収200万円を超えたことは、ほとんどない。正社員として教室長をしていたときは、講師集めから、生徒募集、経理、シフト作成までこなしたのに、毎月の給料はたったの15万円ほどだったという。

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