「三国志」の動乱は実は寒冷化の産物だった 気候変動や遊牧民との関係で読み解く中国史

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知識が発達し、経済が伸長し、交通・交易が盛んになり、人々の往来が密になる一方で、対立・紛争も増えましたから、中国古代は相剋・戦火の絶えない時代でした。やがて西方から、遊牧民を通じて伝来した騎馬戦術を取り入れることで、強大な軍事力が出現し、群雄割拠がやぶれて大帝国の発展に至ったのです。

いまはやりの『キングダム』の世界ですが、その舞台設定・環境条件は、まさに遊牧と農耕の交錯の関係でありました。

紀元前3世紀の終わり、ほぼ時を同じくして、東アジアの遊牧世界と農耕世界は統一帝国を形づくりました。匈奴(きょうど)と漢王朝です。当時の東アジアを二分したライバル国家同士で、はじめ武力に長けた匈奴が優勢でしたが、100年ほど経ちますと、やがて物量に勝る漢王朝が巻き返します。

司馬遷が『史記』を書いたのは、ちょうどその頃でした。ですので、この中国最古の史書には、両者の対立や交渉の場面がよく出てきます。以下は「匈奴列伝」に記す外交交渉で出てくる匈奴の大臣の発言です。

「漢の使者よ。おしゃべりはもういい。漢から匈奴に納める絹や穀物が、質量とも十分であればそれでよいのだ。不足・粗悪だったりしたら、秋の収穫時に、おまえらの穀物を騎兵でふみつぶしてやる」

強気ですごんでいますから、いかにも威嚇的、暴力的にみえます。しかしよく読みますと、「家畜の肉を食べ、乳を飲み、皮を着る」遊牧民の匈奴にとっても、農耕世界の衣類・食品がそれなりに必要で、また入手していたこと、それが満足に獲得できなかった場合にのみ、武力行使に訴えていたことがわかります。

逆に言いますと、遊牧の側も農耕の側も互いの産物を平和裏に融通し合っているのが常態でした。もちろんトラブルやそれに応じた対処も発生しますから、そこが記録・史料になって残るわけです。

こうした遊牧・農耕という2世界の並存と共存、交渉と相剋が、アジア史・中国史の根柢をなすダイナミズムだったのです。

寒冷化がもたらした動乱

そのダイナミズムを大きく変動させたものが気候変動でした。まず起こった重大な転換が、3世紀頃から顕著になった寒冷化です。中国史ではちょうど『三国志』の時代に相当します。曹操・劉備・諸葛亮の活躍した英雄譚の舞台は、実はこうした歴史的な大転換期にあたっていました。

暖かな地域で少し温度が下がるのなら、もちろん農作物へのダメージは免れませんが、まだ耐えられるでしょう。しかし寒冷な土地がさらに寒くなれば、生命活動の維持が危ぶまれます。

そんな厳しい環境に置かれたのが、北方内陸の草原を移動して暮らしていた遊牧民です。牧畜できる草原そのものが寒冷化で縮小しましたから、彼らにとっては生活生存の危機でした。活路を見いだすべく、移動南下を始めざるをえません。持ち前の機動力・軍事力で、並み居る人々を圧倒しますと、あとは玉突き現象になります。

追われた人々の多くは武装難民化し、近隣の都市国家や古代帝国に侵入し、各地を混乱に陥れました。西方ではこの玉突き現象を「民族大移動」と呼んでいますが、それがやがてローマ帝国の解体に帰結します。それと同じような歴史過程が、東アジア・中国でも生じたのです。

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