吉本を出たIT社長、目指すは「日本のジョブズ」 大家族10人を背に元芸人が挫折を乗り越える

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ところが、乃村が「日本で展開するなら、ネストジャパンを僕にやらせてほしい」と直談判すると、即座に断られてしまった。その理由として「日本市場に興味がない。まずは英語圏から攻めて、次は中国を目指す。また、住宅は国ごとにローカライズされているので、日本に進出しても苦労が目に見えている」と、ファデルは説明した。

それでも乃村の心は折れなかった。むしろ「ネストが日本上陸できないなら、これはチャンスだ」と血が騒ぐ。日本では2010年ごろから省エネ政策として、HEMS(Home Energy Management System)が登場し、住宅と太陽光や蓄電池などをつなぎ、家の電力消費量を見える化する取り組みが広がっていたからだ。

国はHEMS関連商品に対し、1台10万円の補助金を拠出している。乃村の頭の中で、住宅の頭脳デバイスを開発し、実質無料でバラ撒くアイデアが湧き上がった。

乃村氏が開発したHEMS。だが当初のもくろみとは大きく外れた

一度走り出した乃村を誰も止められない。当時、ITはおろか部品や端末の知識もなかったので、乃村は目についた関連本をすべて買い集めて独学を始めた。著者の大学教授には、片っぱしからアポイントを入れて教えを請い、ユニークなHEMS技術を開発していたシンガポールの大学ベンチャーと提携。2013年にはHEMSデバイスを作り上げ、大手企業と販売に関する業務提携にこぎつけた。

それからも壁にブチ当たる。複数のハウスメーカーが乃村のHEMSデバイスを全戸標準搭載する方向で話は進み、年間2万台を売る計画が進んでいた矢先、経済産業省が補助金10万円の打ち切りを決定。すべての話が白紙に戻り、IT事業からの撤退を余儀なくされた。幸いにも製品は量産開始前で、開発費の赤字だけが残った。

しばらく、本業の住宅販売に専念してきたものの、乃村は諦めきれなかった。2015年には再参入を決意し、翌年には銀行から5億円を借り入れて、IT事業を再開。2018年には投資家からの出資が決まったのを機に、IT事業を分社化してSOUSEI Technologyを立ち上げた。同年にはv-exを発売し、マイホームアプリの「knot」をリリースしたのである。

住宅とITを両方わかる人間のみが勝ち残る

乃村自身は分社化を機に、拠点を関西から東京都港区へと移転した。祖業である住宅会社SOUSEIの代表は、ブランディングやデザインを担当してきた妻の亜紀に、一任することにした。乃村は8人の子持ちであり、上の子は23歳だが、下の子は3歳とまだ手がかかる。妻に奈良の家庭も会社も任せることについては、「僕と結婚した彼女も悪い。『ジェットコースターに乗っておいて怖いと言うな』と言っている」と笑う。

子ども8人、一家は10人という大家族。乃村氏の両肩にかかる責任はズシリと重い。乃村氏の後ろが亜紀さん

ここまで乃村が住宅のITにこだわるのは、何よりも勝算があるからだ。「住宅とITは仲が悪い。僕は、ゴリゴリの大手IT企業が住宅業界向けにサービスを作っても、そんなに怖くない。逆に住宅メーカーがITをやりたくても、エンジニアが採用できないから参入が難しい」と語る。そのうえで「住宅屋とIT屋の手法、両方わかる人がいちばんいい」と胸を張る。

最後に素朴な質問をぶつけてみた。ITよりも家を売っているほうが儲かるのでは?という記者の質問に対して、乃村は「そうだけど、好奇心を追いかけるほうが面白い」と笑い飛ばした。

SOUSEI Technologyは2019年1月、あいおいニッセイ同和損害保険や京都大学イノベーションキャピタル、信金キャピタルなど名だたる大企業やVC向けに、第三者割当増資で4.5億円を資金調達した。2022年の株式上場も目標にしている。「住宅+IT」のハウステック分野で、今後どこまで存在感を発揮できるかだろう。

元・吉本芸人という、異色経営者の乃村。口には出さなくても、密かに頭の中で描いているのは、“日本のジョブズ”なのかもしれない。

(文中敬称略)

前田 佳子 東洋経済 記者

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まえだ よしこ / Yoshiko Maeda

会社四季報センター記者

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