伝説の怪奇漫画家が歩んできた退屈しない人生

73歳の今もなお新作の制作に意欲を燃やす

「当時は悪ガキだったですね。危ないから行っちゃだめだって場所には行くし、大人相手にイタズラして追いかけられたりね。トンボの羽をむしったり、捕まえたオタマジャクシを空き缶に入れてゆでたり、なんて残酷なこともしました。

でも大人がネズミを水につけて殺すのを見たときは胸のあたりが生臭くなりました。それ以来、どんな動物も殺さなくなりましたね」

その経験は『地獄の子守唄』『はつかねずみ』などの漫画のアイデアになったという。

明るく活発で、ほのぼのした漫画が好きだった

小学校時代の日野さんは明るく楽しい性格でクラスの人気者だったという。日野さんは漫画にて「陰惨な少年期」を描かれることが多かったので、てっきり暗い少年だったと思い込んでいたため少し驚いた。

「当時から漫画は好きで、杉浦茂の作品を読んでましたね。1コマ1コマ丁寧に読み込んでいました。読んでいるとひなたぼっこをしているときのような暖かさを感じるような作品でしたね。もともとはそういう暖かい世界観が好きだったんですよ」

杉浦茂さんは『猿飛佐助』『南海キッド』『ドロンちび丸』といった少年向けのほのぼのした漫画を発表していた。

「小学生の時は漫画家になるとは考えていなかったですね。ただ『猿飛佐助』を模写したりしてました。絵は好きだったけど、当時は漫画の絵は認められていなかったから、図画の成績はあんまりよくなかったですね」

中学校は地元の学校に行った。1945(昭和20)年生まれは生徒の数が多く、7クラスあったが、入り切らず学校の外で授業をしていた。

この頃から杉浦茂漫画からは卒業し、貸本漫画を読むようになった。

「中学時代はあまりものごとを考えていませんでした。絵も漫画も描かないで、ただ日々を過ごしていました。親の希望もあったので高校進学は目指していました」

高校受験は希望どおりとはいかなかったが、私立の学校に進学した。進学後に受けた全国テストは東京6大学に受かる圏内だった。

だが、高校1年の時に事件があった。

映画『宮本武蔵 般若坂の決斗』(監督/内田吐夢)と『切腹』(監督/小林正樹)を見て、大きな衝撃を受けたのだ。

「『俺は今まで何をやってたんだろう? 武蔵みたいないっぱしの男になりたい!!』って思いましたね。受験なんかやってる場合じゃないぞ、って」

まずは素直に映画監督になろうと思った。ただ、今のように簡単に映像機器は手に入らない。8ミリフィルムの本を買ってきて、読み込んだ。そしてノートに撮りたい映画のシーンをノート絵でメモっていた。

すると、そのノートを見た隣の席の友人が『好きそうだから読む?』と劇画を渡してくれた。

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