一橋大卒、30年引きこもる56歳男性の心の叫び 「お母さんは死んでやるからね」に怯えた日々

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池井多さんは論理的で頭の回転も速く、なめらかに話をするが、話し終えたときの眼差(まなざ)しに、ときおり何とも言えない寂寥感(せきりょうかん)のようなものを漂わせることがある。私の思い込みかもしれないが。

母にはただひと言、謝ってほしい

彼は1人で、とある精神科クリニックを訪れ、福祉とつながって生活保護を受給することとなった。だが、彼の優秀さはここでも搾取される。クリニックが運営しているNPO法人の事務局長に任命され、8年近くただ働きをさせられたというのだ。

「治療過程の“作業”という理屈ですが、私は動き回って助成金をとってきたりもした。なんかおかしいと思っていたら、見事に切られました」

ある日突然、事務局長を解任されたという。

今、彼はその顛末を記事に書いたり、同様の被害者の話を聞き集めたりしている。

同時にひきこもりと老いを考える『ひ老会』も主宰、仲間たちとともにこの先を考えていこうとしている。

「母には無限に聞きたいことがあります。でも本当はひと言謝ってくれればそれでいい。それさえ高望みでしょうけど。恨みや憎しみがあまりに大きくて、もう感情としては出てこないんですよ」

彼は妙に穏やかにそう言った。あきらめが、うつになっている。まだ憎しみもある。

「怒りや恨みって、結局、マイナスの愛着なんです」

彼は今さら求めても無理だとわかっているのだ。それでも、どこかに残っている「子どもの頃の彼」が親の愛情を求め続けている。

【文/亀山早苗(ノンフィクションライター)】

亀山早苗(かめやま さなえ)
1960年、東京生まれ。明治大学文学部卒業後、フリーライターとして活動。女の生き方をテーマに、恋愛、結婚、性の問題、また女性や子どもの貧困、熊本地震など、幅広くノンフィクションを執筆
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