お金がいくらあっても「足りない」と思うワケ 「満たされた」感覚が全く得られないヤバさ

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ところが、お金の内訳についての説明が一切なく、アバウトにいくらと要求してくる人物がいる。これはただのお金好きな人間だと判断して警戒します。そういう人物はどんどん要求がエスカレートするのがつねで、これなどもお金に「限界効用逓減の法則」が当てはまらないことを証明しています。

なぜ、お金には「限界効用逓減の法則」が当てはまらないのでしょう? それはお金は人間がつくり出したものであり、自然物ではないからです。

お金とは「人と人との関係」を具現化したもの

そもそもお金はどうして生まれたのか? こういう根本的な問題に応えてくれるのは近代経済学でも、まして最近のマネー本でもなく、マルクスの『資本論』です。お金は商品の交換から生じます。

例えばいま自分はボールペンをたくさん持っている。ジュースが1本ほしいのでボールペン2本と換えてくれと交渉し、成立する。今度はICレコーダーがほしいとします。ICレコーダーは価値が高いのでボールペン100本と交換してくれと交渉する。しかし相手はボールペン100本も必要ないからダメだと。ならばボールペン50本とジュース25本でどうかと。

こういう風に、商品の交換だとかなり面倒なことになります。そこで、誰もが共通に価値があると認めるものを媒介させ、交換しようとなった。例えば、かつての日本ではそれがおコメだった。いったんコメに換えることで、後からほかのものにいくらでも交換できたんです。これを『資本論』では「一般的等価物」と呼んでいます。

ただしコメはかさばるし時間とともに劣化します。そこで、それに代わる一般的等価物として金や銀などの貨幣が生まれ、やがて紙幣になっていく。お金というのは商品の交換の際に必然的に生じてきたものであり、人と人との関係と、その概念がモノになって具現化したものです。

自然界にあるものは、人間はある程度得られれば満足するよう本能的にプログラムされています。しかし、人間と人間の関係がつくり出したお金には、それが当てはまらないようです。

例えば、魚や野菜を必要以上に大量に買う人はいないでしょう。余ったら腐らせるだけだからです。ところがお金はいくら持っていても腐らないし、基本的にどんなものにでも交換できる。だからたくさんあればあるほどいいと考える。

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