佐賀県にも「フル規格」長崎新幹線は必要だ 費用負担は合理性欠くが確実にメリットある

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これまで建設されてきた整備新幹線は、通過する全都道府県の受益と負担額のバランスがとれていた。しかし、新幹線網を国の隅々まで広げていくにあたって、その枠組みにほころびが見え始めた。北陸新幹線の滋賀県と、九州新幹線西九州ルートの佐賀県は、距離分の負担に対する受益が小さいと感じている。さかのぼれば、北陸新幹線の新潟県部分にもその兆候はあった。

ただし、政府としても沿線地域の負担軽減策を用意している。整備新幹線の建設費はJRが支払う貸付料を充当したうえで、残りを国が3分の2、地方自治体が3分の1の割合で負担する。ただし、地方自治体の負担分の9割で地方債を発行可能で、その元利償還金のうち、最大70%は国から地方交付税として充当される。自治体の負担は実質的には建設費の2割以下になる。

国土交通省が2018年3月に試算した新鳥栖―佐賀―武雄温泉間のフル規格新幹線の総事業費は約6000億円。JRが支払う貸付料は未定のためここでは考慮しないとすると、佐賀県の負担は3分の1の2000億円。このうち90%を地方債にすると1800億円。このうちの最大70%の1260億円は国の交付税措置が受けられる。つまり。佐賀県の実質負担は2000億円から1260億円を差し引いた740億円。この数字は総事業費6000億円に対して12.3%だ。

しかし、佐賀県は交付税措置を考慮せず、歳出ベースで武雄温泉―長崎間の佐賀県負担分を含めた約2400億円を前面に出し続ける。負担額を大きく見せたいという気持ちがあるようだけど、実質的な負担額は少ない。今後、JRが支払う貸付料を含めればもっと少なくなる。

国が交付金を払わない

なぜ佐賀県が地方交付税による地方債償還を無視した主張を続けているか。それは地方交付税交付金そのものを信用していないからだ。佐賀県の公式サイトに掲載された「平成28年度版佐賀県の財政」によると、国が佐賀県に払う交付金が足りないため、佐賀県が借金をして立て替えている。もちろんこの借金は立て替えているだけだから、国が金利を含めて全額返すと約束している。

しかし、毎年の地方交付税交付金もきっちり払えない国に対して、新幹線建設費用の地方債に地方交付税交付金を出すと言われても釈然としない。また未払いになって県が借金して立て替えるのか、という話になりかねない。佐賀県は国とのお金のやり取りに対して不信感を持っているわけだ。

与党整備新幹線プロジェクトチームは佐賀県の負担を軽減するための検討に入ったという。佐賀県の負担を下げ、不公平感を和らげたい。佐賀県のご機嫌取りをしなくてはいけない。それは佐賀県にとって悪い話ではない。しかし問題はお金だけではない。信頼関係にあるように思う。

国土交通省九州運輸局企画観光部が2013年3月21日に発表した「九州新幹線を巡る状況について」によると、新大阪―熊本間の旅客流動比率について、新幹線開業前の比率はJRが1に対して航空機が2.7だった。それが新幹線開業後はJRが6に対して航空機が5となった。拮抗しつつもJRがやや上回った。新幹線のシェアが拡大したわけだ。ただし、航空機は大幅にシェアを落としているとはいえ、旅客数は上昇傾向だ。熊本を訪れる人は総じて増えている。

1月9日、佐賀県知事と長崎県知事が会談し「FGTの失敗の責任は国にあり、国が積極的に解決に当たるべき」という認識で一致。さらに佐賀県知事は「現行のスキームでは佐賀にとってメリットがほとんどない」と述べたという。しかし、佐賀県民にとってフル規格新幹線は不要でも、佐賀県に外部からの活力を注ぎ込むために、フル規格新幹線は必要だ。国の関与はもちろん重要だが、佐賀県もフル規格新幹線のメリットを再認識すべきではないか。

杉山 淳一 フリーライター

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すぎやま じゅんいち / Junichi Sugiyama

東京都生まれ。信州大学経済学部卒。信州大学大学院工学系研究科博士前期課程修了。出版社でパソコン雑誌・ゲーム雑誌の広告営業を担当したのち、1996年にフリーライターとなる。IT、PCゲーム、Eスポーツ、フリーウェア、ゲームアプリなどの分野を渡り歩き、現在は鉄道分野を主に執筆。鉄道趣味歴40年超。全国の鉄道路線完乗を目指してコツコツと旅を重ねている。鉄旅オブザイヤー選考委員。基本的に、列車に乗ってぼーっとしているオッサンでございます。

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