資本主義は嫌いですか それでもマネーは世界を動かす 竹森俊平著 ~世界的な金融危機に独自の経済学的考察
サブプライム問題に端を発する現在の金融危機は、現在の標準的な経済学にさまざまな課題を投げかけている。では、今回の危機は、今の経済学を、どのように変えていくのだろうか。
過去を振り返ると、経済学の歴史は、その時代の危機に対する応答の歴史であったと言える。19世紀の周期的な恐慌は、古典派経済学やマルクス経済学を生み出した。20世紀初頭の世界大恐慌は、ケインズ経済学を生んだだけでなく、今日のマクロ経済学にも重大なインスピレーションを与え続けている。現実の経済が危機に陥るたびに経済学は、既存の学説の不備を発見し、それに代わる新たな理論を生み出してきたのである。
では、2007年に始まる現在の世界的な金融危機は、今後の経済学にどのような教訓を与えるのであろうか。本書は、そのような関心を持つ読者にとって、きわめて興味深い読み物となるであろう。
本書で著者は、欧米でこの数年に発表されたさまざまな経済論文を紹介しつつ、2000年代の世界的なバブルがなぜ起きたのか、またそれが崩壊した後、なぜ危機がこれほどまでに拡大したのかについて、体系的な解説を試みている。また、今回の危機を受けて、今後の経済学がどのような教訓を引き出すべきかについても、独自の考察を加えている。
特に、流動性についての近年の金融論の成果を解説した、第�部の議論は必読であろう。バブルによる資産価格の急激な上昇と、バブル崩壊によるその急激な下落を繰り返す現代経済の特質を理解するうえで、流動性はキーコンセプトになる、と著者は言う。
また、近年の流動性についての理論的な分析が、現在の標準的な経済学において自明の前提とされている「価格シグナル」の効率性に、重大な疑念を投げかけているとの指摘も重要だ。
ひとたび混乱に陥った金融システムのもとでは、流動性の逼迫から、資産価格の下落に歯止めがかからないといった現象がしばしば見られる。こうした状態で、市場の自動調整メカニズムを簡単に信頼することはできない。今回のサブプライム危機に際して、FRB(米連邦準備理事会)が行った一連の迅速な対応は、こうした理論的な分析によって支持できるのである。
現在の金融危機は「100年に一度」(グリーンスパン前FRB議長)の衝撃度を持つという。悲観しても始まらない。良いほうに考えれば、その分、引き出せる教訓も多いということでもある。この危機を踏まえて、経済学は今後、どのように進化していくことになるのか、試されている。
たけもり・しゅんぺい
慶應義塾大学経済学部教授。1956年生まれ。81年慶應義塾大学経済学部卒業、86年同大学院経済学研究科修了。米国ロチェスター大学経済学博士。主な著書に『経済論戦は甦る』(読売・吉野作造賞)。
日本経済新聞出版社 1890円 283ページ
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