愛知製鋼、進まない「スパイ容疑裁判」の不毛

トヨタグループで起きた新技術めぐる争い

その後、首脳陣はセンサーの生産、販売の一部をトヨタグループではなく半導体メーカーのロームに委託、iPhoneへの商品供給も見送った。こうした方針転換と冷遇から、本蔵氏は独自にセンサーの研究開発を進めることを決意し、2012年9月にマグネデザインを設立。2014年6月には顧問を退任し、愛知製鋼を完全に離れた。事件はその間の、いわば“移行期間”での活動にかけられた疑いによるものだ。

OBや社内からは賛否の声

本蔵氏が新会社で開発した「GSRセンサ」の「G」はギガヘルツの意味。従来のセンサー技術で一般的だった「メガ」の1000倍の単位だ。このギガヘルツ単位の超高周波電流をアモルファスワイヤに流すと、ワイヤ表面の電子が高速で「スピン回転」するという特殊な現象が見られた。本蔵氏はこれを「GSR効果」と名付け、2015年にスペインの国際会議で発表、さらにこの現象を利用したセンサーの原理や製法の特許をマグネデザイン名義で同年以降、日米で取得した。

その製法は、「MIセンサ」で必須だったアモルファスワイヤの熱処理をせずに、従来の10倍の張力で引っ張ったうえで、深さ7マイクロメートルという浅い溝に精密に整列させ蒸着、張力を維持したまま切断するなどの特殊なものだった。それによって「MIセンサ」に比べ60倍から150倍の性能を有し、10分の1にまで小型化した「GSRセンサ」の基礎技術を確立。その商品化、量産化に動きだしたタイミングで「待った」がかけられた格好だ。逮捕、起訴に伴い「GSRセンサ」の特許や本蔵氏の全財産は差し押さえられたままの状態だという。

愛知製鋼本社に展示されている「MIセンサ」などの電磁品(筆者撮影)

だが、ある愛知製鋼のOBは「本蔵氏は『GSRセンサ』の量産を愛知製鋼に任せようと打診もしていた。本蔵氏にどんな犯罪性があり、会社側にどんな被害があったのかもはっきりしない。なぜいきなり刑事事件になったのか」と首をかしげる。

このOBによれば、センサーの性能や需要が飛躍的に高まる自動運転車の開発競争を勝ち抜くためには「MI」の延長では限界があり、「GSR」のようなブレークスルーが必要だという。「今回の法廷闘争では、たとえ判決が出ても誰も勝者にならない気がする。不毛な“犯人探し”ではなく、穏やかに収束させ、トヨタグループとして早くGSRの技術を世に出してほしい」と同OBは訴える。

一方で現役の技術者、つまり本蔵氏の元部下は、「GSRといってもまだ何の実績もなく、MIの領域を出ていないと言わざるをえない。その実績づくりのためにわれわれの重要なノウハウを軽々しく公開してしまうなんて、怒りを通り越してがっかりする」と手厳しい。会社側は取材に対し、「裁判は被告側の追加の主張によって、争点整理に時間がかかっていると認識している。弊社としては裁判の行方を見守りつつ、早期解決に協力していきたい」とコメントした。

愛知製鋼の業績は、直近の2018年3月期決算で売上高2362億円(前期比11%増)、営業利益は118億円(同64%増)。「MIセンサ」を含む「スマートカンパニー」部門の売り上げは約148億円(同7%増)、利益は約3.5億円(同47%増)だった。ただし、前年は2016年1月に知多工場で起きた爆発事故や、同4月の熊本地震の影響で損失が目立っていた。爆発事故はトヨタの国内全工場で車両生産が1週間停止する事態を招いた。

トヨタグループが変革期を勝ち抜くためには、組織が一丸となりつつ、一人ひとりが能力や独創性を発揮しなければならない。今回の事件は、そのバランスを危うくさせるものではないのか。一企業と一技術者の問題にとどめず、グループ全体の課題として受け止めるべきだろう。

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