最後の成長市場 航空関連産業に集まる元気企業たち

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プロペラから「脚」へ 世界市場で“学習”

MRJの降着装置(いわゆる脚)の開発を担当することになった住友精密工業は、国内の脚をほぼ独占している。防衛省向け輸送機、対潜哨戒機はもちろん、初の国産旅客機YS‐11、三菱重工業のMU2、MU300の脚も住友精密が開発した。

ところが、その住友精密が脚を手掛けたのは戦後になってからだ。戦前はプロペラの主力メーカーであり、尼崎市にある現在の本社工場で零戦のプロペラを生産していた。

ジェット機時代を迎え、プロペラ一本でやっていけるか。GHQによって航空機生産を禁じられた“空白の7年”を経て、脚に進出することを決断。プロペラの加工機械が転用できるという単純な理由だが、決断以降は、落下試験装置の導入など設備投資で先行し、零戦の脚を生産したカヤバ工業を追い落とした。

航空機の脚は、激しい着陸の衝撃に耐え、機体を守らなければならない。太く、重く、頑丈な脚を作るのなら簡単だが、航空機の宿命は、いかに小さく軽くするか。超がつくほど堅い高強度鋼を肉薄で複雑な形状に加工するが、加工するうちに、材料が熱を持ち、強度が落ちる。強度が目標値をクリアしているか、削っては確認し、磨いては確認する。

メッキも、通常のメッキだと水素が入って空洞ができる(強度が下がる)。水素を抜くために、焼きを入れたり海綿状のメッキを施したり。国内の脚を総なめにするうちに、熟練の技が鍛えられたのは間違いないが、本当の意味で、住友精密の脚が鍛え上げられたのは、世界市場に挑戦したときからだろう。

97年、住友精密は「戦略的な価格」を提示し、ボンバルディア社のリージョナル機CRJ700の脚をもぎ取った。海外で脚を丸ごと受注したのはこれが初めて。が、世界の機体メーカーは、初見参の会社に白紙委任するほど甘くない。ボンバルディアは発注の条件として、脚の世界2大メーカーの一社、米グットリッチ社と組むことを要求した。

設計は住友精密の担当だが、最後はグットリッチが「ここはこう、そこはこう」と指示する。「日本の常識と世界の常識は違う」(田岡良夫取締役)ことを思い知らされた。

まず、安全性だ。国内の防衛省向けは5000~8000回の着陸を想定しているが、世界の民間機は6万~8万回を想定。要求される寿命や強度の余裕が1ケタ違う。

材料の買い方も教わった。市場規模が小さい日本で調達しても、コストが合わない。特殊な規格・配合の材料でも海外なら大量に生産している。たとえば、脚に使うチタン合金は米国もロシアから調達している。

コスト意識自体、日本より鋭敏だ。「グットリッチもカンバン方式を導入している。“見える化”を教えてあげようか、と言われる」(田岡氏)。

CRJ700の実績が買われ、住友精密には海外からいろいろな声がかかるようになった。CRJ900に続き、ボンバルディアのビジネスジェット機チャレンジャー300の脚も受注。世界2大メーカーのもう1社、仏メシエダウティ(787の脚を担当)からは「オーバーフローした仕事を受けてくれないか」と打診が来た。脚の工作機やメッキは特殊なため、オーバー・キャパのときは、同業者に頼るしかないのである。

これからMRJの開発が本格化し住友精密は当面、大忙し。問題は、その先だ。「737、A320の後継機について、たとえば、前脚を狙いたい。グットリッチ、メシエと争うか、あるいは、組むのか」。現時点の開発力ではリージョナル機まで、とは思う。しかし、737クラスに挑戦しなければ、中長期的に事業規模の大きな成長は見込めない。

「今のままではダメ。(737クラスの受注には)脚を“自動検診”するICタグや、前脚にモーターを付けるなど新しいアイデアがいる」。一段階段を上がるための画期的なブレークスルー。住友精密の悩みは、MRJの三菱重工の悩みでもある。

3人の先達の軌跡は、航空機産業を目指す中小企業に有益な示唆を与える。「とにかくやってみよう」のベンチャー精神(日機装)。得意分野の技術の活用(牧野フライス)や、自らを鍛え直す世界市場への挑戦(住友精密)。ハラを据え、知恵を絞れば、突破口はいくらもある。

全国には「まんてん」を含め、航空機産業の裾野の育成を目指す組織が13団体ある。県が後押しするとちぎ航空宇宙産業振興協議会やウイングウィン岡山、民間主導の次世代型航空機部品供給ネットワークなど組織形態も任意団体、事業会社、NPOとさまざま。胎動は始まっている。

早稲田が動く 中小企業との産学連携

大学と民間のリンケージも動き出した。早稲田大学の理工学術院総合研究所は航空宇宙産業分野に的を絞り、中小企業との産学連携を模索する招聘研究「NIKE」をスタートさせた。「大企業は大学とのつながりがある。中小企業には卓越した技術があるのに、大学(との連携)の敷居は高かった。NIKEで新しい産学連携のロールモデルを作りたい」(副所長の橋詰匠教授)。

まずは、大手重工メーカーと早稲田の共同開発プロジェクトで、中小企業に試作を担当してもらう方針。
「まんてん」の千田さんが言う。「今の日本(の航空関連産業)は空っぽ。しめた、と思わなければ。いちばんいいところへ一直線に行けるのだから」。その心意気にこそ、航空関連産業の未来がある、と思いたい。


(週刊東洋経済編集部)
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