景気刺激策は不十分、新政権は適切な判断を
不況に直面した政府は金融政策と財政政策という二つの手段をとりうるということが、経済学の教科書に書かれている。しかし、日本の財務省は、つねに景気が深刻な事態に至るまで財政刺激策の発動に抵抗してきた。財務省は日本銀行に金融政策を発動させて景気回復を図るという負担を強いてきた。
日本政府も同じ過ちを犯そうとしている。与謝野馨経済財政担当大臣は「昨年末に日本経済はリセッションに陥った」と認めている。それを受けて福田康夫首相は、与謝野大臣に景気対策を策定するように指示した。
しかし、福田首相、与謝野大臣、伊吹文明財務大臣はいずれも財政赤字削減を最優先する“財政タカ派”であり、景気対策は本格的な景気回復を図るよりも景気後退とエネルギー価格上昇の影響を緩和する「お茶を濁した程度」のものにとどまる懸念があった。唯一の救いは、自民党議員の多くが、不況の最中に消費税を引き上げたら経済に深刻な影響を与えるだけでなく、次の総選挙で自民党が大敗を喫することを認識していることだ。
福田首相は、2011年までにプライマリーバランスの黒字化を達成する目標に固執していた。現在の財政状況が続けば11年のプライマリーバランスは4兆円程度の赤字になりそうである。
日本経済に必要なのは財政政策の発動である
一方で、麻生太郎自民党幹事長は11年の目標は先延ばしすべきであると主張している。11年という年は、特別な意味を持つ年ではない。現在の短期的な財政状況は、橋本龍太郎首相が財政タカ派の理論を使って消費税を引き上げた1997年当時ほど差し迫ったものではない。9月1日に福田首相は辞任を表明したが、次期政権はどのような対応をとるのだろうか。
現在の景気状況の下での財政刺激策の発動は、無駄な橋を造る旧来の公共事業の時代に戻ることを意味するわけではない。慢性的な所得と消費支出の低迷が日本の経済の問題点であり、その解決策は減税などを通して消費者の所得を増やすことである。
幸いにも白川方明(まさあき)日銀総裁の指揮の下に、日銀は数代にわたる前任者たちよりも経済に対して現実的な対応をとっている。白川総裁は、景気低迷はインフレよりもリスクが高いという妥当な判断を下している。日銀政策決定会合のインフレ・タカ派の水野温氏委員でさえ同じ判断をしている。
水野委員は、09年の景気は08年より悪化すると懸念している。そうしたことから日銀は現行の0・5%のコール金利の引き上げを見送った。私は、日銀は景気後退が予想よりも深刻なことがわかった段階で利下げを検討すると予想している。
コール金利を0・25ポイント引き下げれば、市場関係者はコール金利の引き上げは予想以上に時間がかかると判断するだろう。それによって長期金利の上昇を抑え込むことができるだろう。
普通に考えれば、インフレを懸念する中央銀行は、原油価格が急騰すればインフレの警鐘を鳴らすものである。しかし、白川総裁は現実に即した正しい対応をとっている。日本では生鮮食品を除いた消費者物価指数は前年同期比で2%上昇しているが、米国流の食品とエネルギーを除いた“コアインフレ率”で見ると日本のインフレはゼロに近い水準にとどまっている。
白川総裁は最近行った演説で、国内のインフレ圧力は中期的には深刻な問題ではないと語っている。同総裁は輸入インフレについて「供給ショックによる一時的な輸入コストの上昇は利上げによって対処すべきではない」という“正統派経済学の原則”を主張している。
中央銀は“二次的な影響”、すなわち国内企業が製品価格を引き上げ、労働者が賃上げを要求する事態が起こらないかぎり金利を引き上げるべきではないのである。現在の日本は「二次的な影響は見られない」と白川総裁は語っている。したがって、金融引き締めの必要性はまったくなく、実際には金融緩和の余地さえある。
原油価格の与える日本経済に対する主な脅威はインフレではない。日本は原油やその他の燃料の輸入のためにGDPの5%を支払っており、その割合は04年の2・1%と比べると大きく増えている。しかし、日本の石油消費量は04年よりも6%減っている。新たに3%の購買力が失われば、経済に大きな影響を与えるのは避けがたい。
もし景気低迷が予想以上に深刻になり、コアインフレで見たインフレ率がゼロにとどまっているなら、日銀は金融政策を通して実質金利をマイナスにすることはできない。金融政策に効果がなければ、当然、財政刺激策が必要になってくる。
景気後退は短期的で軽微に終わり、世界需要の回復で日本経済が回復するというシナリオはもちろんありうる。しかし、その期待が裏切られれば、日本が感じる痛みは深刻なものになり、過ちを正すのに時間がかかるだろう。新政権が適切な判断をすることを期待したい。
リチャード・カッツ
The Oriental Economist Report編集長。ニューヨーク・タイムズ、フィナンシャル・タイムズ等にも寄稿する知日派ジャーナリスト。経済学修士(ニューヨーク大学)。当コラムへのご意見は英語でrbkatz@orientaleconomist.comまで。
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