宮里藍は、日本の女子ゴルフをどう変えたか

プレーヤーの枠を超えて残した巨大な功績

そんな、まさに「特別」な選手だからこそ、ゴルフにまつわるビジネスにも変革をもたらした。宮里の登場以前は、女子プロが使う道具はあまり注目を浴びることはなかった。だが、宮里が活躍し、彼女が使うゴルフ用品のクラブやボールにも注目が集まるようになったのだ。

女子プロのパワーやクラブを振るスピードは、アマチュアの男性ゴルファーとほぼ同等。宮里への注目が集まる中で、女子プロの使う道具がアマチュアの男性にも最適であるという新たな認識が広まっていった。宮里はプロ入りと同時に、ブリヂストンスポーツとクラブやボールの使用契約を結び、今日まで継続している。

もちろん、宮里を高く評価したのはゴルフ業界だけではなかった。サントリー、ホンダ、NTTドコモといった、いくつもの大手企業がスポンサーに名を連ね、多数のテレビCMにも登場。ゴルフファンの枠を超えて、広くお茶の間で親しまれる人気者になった。

今に続く女子プロゴルフ人気の立役者

同世代や若手の女子選手の中には自分も同じようにできると、宮里の活躍を目の当たりにして、自信を付けたケースもあっただろう。宮里に続いて横峯さくら、諸見里しのぶ、有村智恵などが活躍し、女子プロブームが起こった。その象徴となっているのが、2005年の日本女子オープンで、4日間のギャラリー総数4万8677人は、今も史上最多である。

女子プロに宮里がもたらした経済効果は、その後の日本の女子ツアーの試合数と賞金総額の推移にも明確に表れている。2003年に宮里が登場したときには30試合で賞金総額は18億8384万円、それが2017年は38試合で過去最高額の37億1500万円。8試合増えて、賞金総額も大幅に上がった。

これだけの業績を積み上げてきた宮里だが、まだ31歳。引退の気配は感じられなかっただけに、世間が驚きをもって受け止めて、大きなニュースになったのだろう。

ただ、今にして思えば予兆ともいえる変化はあった。今年に入ってから、宮里のスポンサーが主催する大会である「サロンパスカップ」「中京テレビ・ブリヂストンレディス」「サントリーレディス」に相次いで出場を決めていた。米国LPGAに参戦しているために、宮里が一連の国内大会に出るのは今まで例がなく、特に中京テレビ・ブリヂストンレディスは2005年以来12年ぶりの出場だった。最後の年だから、という思いがあったのだろうか。

会見では、今後に関して「年内は今あるエネルギーをすべて今シーズンの残り試合に注いで、それから何ができるか改めて考えていきたい」と述べるにとどまった。

「自分の引き際に対しての寂しさというものは一切なく、感謝の気持ちをもって最後までプレーできることを、本当にありがたく思っている」と言い切った宮里。引退後に、日本のゴルフ界を牽引する選手が多く続いてくれることを期待したい。宮里もそれを望んでいることは間違いない。

もちろん、彼女の引退後の活動も楽しみだ。宮里は選手生活で座右の銘としてきた〔意志あるところに道はある〕について、「これからも大事になると思う」とも述べた。何をするにしても前向きに進んで行ってくれるに違いない。

(文中一部敬称略)

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