殺虫”蚊帳”開発に挑む−−マラリアからアフリカを救った日本人

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 1973年、大学院を修了した伊藤は住友化学に入社する。研究所に配属され、シロアリ防除剤をはじめとした農薬の研究に携わった。

10年後、伊藤は農薬の研究室からハエ、蚊、ゴキブリなどの殺虫剤の研究室に異動する。住友化学ではマラリア防除用に「スミチオン」という薬剤を販売しているが、彼は上司の指示で、スミチオンの効力だけでなく、安全性や環境への影響を研究するチームを作った。ちょうどその頃、ある報道が目に止まった。

 「サウジアラビアで、マラリアが流行」。その瞬間、伊藤の頭の中に“ある情景”が浮かんだ。サウジアラビアの砂漠に沈む夕日--。その夕日のイメージが、幼い頃夢見たインド洋の夕日のイメージにぴたり重なった。

「これだ! 僕はこれからマラリア対策をライフワークにしていこう」

伊藤は、そう心に決めた。そして、会社の仕事を日々こなしながら、独力でマラリア感染を防ぐための研究を始めた。

80年代半ば。「薬剤で殺虫処理をした蚊帳がマラリア感染防止に効果がある」との論文が世界で相次ぎ発表された。伊藤も研究段階ではあったが、「蚊帳が絶対に効果がある。何とかビジネスにならないものか」と模索しているところだった。

当時開発されていたマラリア対策用の蚊帳は殺虫効果のある薬剤に浸したものが主流だった。これは1回洗うと薬が流れてしまうため、定期的に薬剤の再処理をする必要がある。その作業に手間がかかるので、再処理をしないまま、放置する家庭が多かった。つまり実用性に欠けていたのである。

90年代に入って伊藤が思いついたのは、工場の夜間操業用の防虫網戸を蚊帳に転用するアイデアだった。その網戸はポリエチレン樹脂に殺虫剤を練り込んだ糸を使っていた。つまり、今のオリセットネットのモデルだ。放置しておいても数年間は効果が持続するうえ、再処理の手間が省ける。

ただ、問題点があった。一つは通気性だ。日本などの一般家庭で使われている蚊帳の網の目は、幅1~2ミリメートルと非常に小さい。これでは、風が通りにくく、熱帯のアフリカで使った場合、暑くてとても寝られないのだ。逆に、網の目を大きくすると、ハマダラカが簡単に通り抜けてしまい、元の木阿弥になってしまう。

伊藤は、オリセットネットの編み方を一般の蚊帳と変え、通気性を確保しつつ、ハマダラカが通れないギリギリの大きさである4ミリ幅にした。これで問題は解決したが、もう一つの重い課題が残った。コストである。

当時、住友化学は蚊帳の販売をしておらず、専用の生産ラインを持っていなかった。原価は高くならざるをえない。商品のサンプルを作るのにも苦労した。毎回、町工場に数十万円を支払って「押し出し機を貸してください」と頼み込んだ。

販売先との交渉でサンプルを見せると、品質のよさはすぐに評価された。しかし、「一張りいくらするんですか? 」と聞かれて「20ドル」と答えた途端、見向きもされなくなることが多かったという。

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