グローバル化の恩恵を農村に分配しなければ!−−インフォシス テクノロジーズ創業者 ナラヤナ・ムルティ
インド国内では政治のジレンマが課題
--新興国の経済も今後、世界的な景気減速の影響を受ける懸念があります。特にインドのIT産業は米国経済との結びつきが強く、直接的な打撃を受けかねません。今後のインドの成長に不安はありませんか。
イエスともノーとも言えます。米国の顧客企業が契約をキャンセルする可能性はあります。ただ現在のところ、少なくともわが社のビジネスに打撃はありません。インドのIT企業はそもそも米国企業のコストを削減する役割を果たしているからです。景気減速の局面では、われわれがさらに重用される展開もあるでしょう。
また国全体で見た場合、対外輸出の半数が米国向けではありますが、輸出がGDP(国内総生産)に占める割合は15%程度にすぎません。つまり対米輸出の減速はインド経済の7%程度にしか打撃を与えないと言えます。これが輸出依存度の高い新興国であれば、より大きな打撃を受けるのでしょうが。
一方でインド内部について成長課題を語るならば、政治上の大きなジレンマを抱えていることが問題です。産業の中心は都市にあるのですが、経済活動を支える電力については農村に対して傾斜が行われています(注‥農村の電力料金は補助金の投入で低く抑えられており、都市部と最大で約10倍の価格差が生じている)。国民の過半が農村に住んでいることに配慮したものです。政治家が雇用と経済発展のために都市を重視すれば、農村の有権者の反感を買いかねないのです。民主主義の一側面です。
しかし本来なら政治家は、票田のある農村と同様に、都市でもインフラ供給に力を入れなければなりません。そして農村では人々に医療や教育の機会を保障し、雇用の受け皿となる製造業を誘致しなければならない。
--インドには製造業が足りないと。
この点では中国に学ぶべきでしょう。中国は製造業をうまく誘致することで、農村の低スキル人材に無数の雇用を創出しました。インドはこの層の雇用の取り組みが遅れています。中国の政策は雇用創出による長期的成長の実現において、間違いなくすばらしい成功を収めていると思います。
--日本をどう見ていますか。
初めて訪日した82年と比べると日本の経済成長は減速しましたが、今でも依然としてアジア諸国のロールモデル(手本)であると思っています。驚異的な期間において成長を維持し続けてきただけでなく、富を配分するシステムが機能している。貧困を極める層もいなければ、目を見張るような富裕層もほとんどいません。そうでしょう?
--しかし今の日本では、格差の拡大が社会問題です。
他の先進国、特に米国と英国に比べれば、日本における格差というのはまだ小さい。私の目には、日本は調和のとれた社会だと映ります。北欧諸国のあり方と共通したものを感じます。
加えて日本人の規律正しさ、勤勉ぶり、(製造業などでの)品質へのこだわりというのは特筆すべき性質です。治安も極めてよい。過去10年間の景気失速があったにせよ、日本が今もなお他国のロールモデルであり、多大な注目を集めていることには変わりありません。
--10年後、20年後の世界経済はどう変貌しているでしょうか。
私たちはこれまで、さまざまな局面を経験してきました。株式市場の混乱、戦争、インドや中国といった新興国経済の勃興……。これからも変わりません。現在のサブプライム問題に端を発する混乱も、世界の金融産業がビジネスのあり方をさらに進歩させることにつながるでしょう。あらゆる面に問題が存在するのは確かですが、私たちはより強くなり、世界はますます統合されていくことでしょう。私は楽観主義者なのです。
(杉本りうこ 撮影:梅谷秀司 =週刊東洋経済)
ナラヤナ・ムルティ
インド南部のマイソールで教師の家庭に生まれる。1981年にインフォシスを創業、06年まで最高経営責任者(CEO)、現在はチーフメンター兼会長。61歳。
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