DMM社長に34歳外部人材が選ばれた全事情 独占詳報!運命の出会いは2012年だった

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2人の最初の出会いは2012年

――どこで出会ったのですか。

亀山:(チームラボ代表の)猪子寿之さんの紹介で、2012年に会いました。猪子さんが「日本で最後に残るネット企業はDMMとピクシブだ」と褒めちぎるので、そんなにすごい会社なら会ってみよう、と。チームラボで会うことにしたのですが、猪子さんが1時間遅刻してきて、いきなり片桐さんと2人で話す羽目になりました。

その時「面白い」と思ったのは彼が「会社にとって一番大事なのは社会への影響力であって利益ではない」と言ったことです。「売り上げがどんなに伸びても利益ゼロ」を目指している自分の考え方にすごく近い。利益を出すくらいなら新規事業に投資します。死ぬ時におカネを残したって面白くないじゃないですか。「ああ、同じ考え方だなあ」と思いました。

片桐:その時は「この人がDMMの会長かあ」と思ったくらいですが、後になって、ある経営者に「時代を象徴するような人と仕事することが人生において重要なんだ」と言われた。「自分にとっての時代を象徴するような経営者は亀山さんだな」と考えるようになり、「この人と働いてみたい」と思うようになりました。

まだ引退をするわけではない

――亀山さんは後継者問題をどう考えていたのですか。

亀山:いや、俺はまだ引退しないよ。DMM.アフリカとかアニメみたいなアナログな事業は俺が見る。ただ、インターネット分野に関しては、ここまで自分でやってきたけど、DMMがよりネットで成長するためにはどうしたらいいかを考え続けていた。その結果、俺が探していたのは自分の指示したことをやってくれる開発者ではなく、開発者の気持ちがわかる社長だと気付いた。だったら思い切って若い社長に任せてみようと思った。

――片桐さんはDMM.comの社長として、何がしたいのですか。

片桐:僕は釣りが好きなんです。実は今年だけでも、南米3回、アフリカにもイランにも行きました。そこで危ないとか暑いとか食べるものがないとかツライ経験をしながら、大きいとか珍しい魚をみんなで協力して釣りあげるんです。それが失敗したり、成功したりするんですけど、良い結果を出すために全力を出すのは当然で、そういうプロセスをいろんな人と共有するのが楽しい。

ネットビジネスでいうと、僕の34歳というのは決して若くないんです。ピクシブでも高校生のアルバイトが、ものすごくいい仕事をしていたりする。いろいろな経験や能力を持った人たちがどんどん集まって、協力して、今まで見たことがないような魚を釣り上げることができる場所を作っていきたいです。

大西 康之 ジャーナリスト

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おおにし やすゆき / Yasuyuki Onishi

1965年生まれ。愛知県出身。1988年早稲田大学法学部卒業、日本経済新聞社入社。欧州総局(ロンドン)、日本経済新聞編集委員、日経ビジネス編集委員などを経て2016年4月に独立。著書に『稲盛和夫 最後の闘い JAL再生にかけた経営者人生』『ファースト・ペンギン 楽天・三木谷浩史の挑戦』(以上、日本経済新聞出版)、『三洋電機 井植敏の告白』『会社が消えた日 三洋電機10万人のそれから』(以上、日経BP)、『ロケット・ササキ ジョブズが憧れた伝説のエンジニア・佐々木正』(新潮社)、『起業の天才! 江副浩正 8兆円企業リクルートをつくった男』などがある。

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