日本の御家芸に大誤算 簡易型カーナビの猛威

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“消費者不在”のあだ 展望閉ざされた日本勢

もともと各社がナビにかける期待は非常に大きかった。利益を稼いできたカーオーディオは、自動車市場の大きな欧米でもすでに成熟化が進んでおり、今後、大きな技術革新も期待できない。そこで次の成長ドライバーを担うのがナビになるのだ。

一方で、高性能化が進めば進むほど開発費は高騰する。日本での普及も一服し、もはや高成長は見込めない。となれば、採算を維持するためにも、未開拓の世界市場に打って出るほかない。ところが、欧米はカーナビ“不毛地帯”と呼ばれるほど普及が進まない。それもそのはず、特にアメリカは、日本ほど道路網が複雑ではなく、道に迷うことが少ない。2000ドル以上という高価格も消費者から敬遠された要因である。

そこへ、間隙を縫うように登場したのが、圧倒的な安さと手軽さを武器にしたPNDだった。特に昔ながらの細い道が入り組み、インダッシュ型ナビが普及する余地のあった欧州で一気に火が付いた。それが北米にも飛び火、インダッシュ型の成長戦略は大きな壁にぶち当たった。

欧米人にとっては、今や「カーナビ=PND」が常識。インダッシュ型が出る幕は、自動車に標準搭載される純正品や自動車販売店が取り付けるディーラーオプションを除いては、ほとんどなくなったと言っていい。「市販のインダッシュ型ナビが、今からPNDの牙城を切り崩すことは不可能に近い」と、ある日本のカーナビメーカー幹部は嘆く。

そもそも日本のメーカー各社とも、PNDが普及する以前から、その存在を認識してはいた。だが、ある大手メーカー首脳は「機能で勝るインダッシュ型にPNDが勝てるはずがない」と歯牙にもかけなかったという。その技術重視、消費者不在の発想こそが、致命的な判断ミスを招くことになった。思惑に反し、PNDは欧米カーナビ市場を制覇し、ついに日本にも上陸したのである。

すでにインダッシュ型の市販市場が出来上がっている日本で、PNDがどれほど成長するかは、今のところ読みにくい。大手カーAVメーカー幹部は「高機能のインダッシュ型とコンパクトなPNDはすみ分けるだろう。インダッシュ型がなくなることはない」と読む。中・大型車はインダッシュ型、値段が安くスペースが狭い小型・軽自動車はPNDが多くなるという見立てだ。

もちろん、欧米のように、日本で大化けする可能性も十分ある。「インダッシュ型の値段は32型の薄型テレビより高い。消費者がいつまでも、そんな高いナビにおカネを払い続けるとは限らない」(ある電子機器調査会社の幹部)からだ。

日本の大手カーAVメーカーがこぞってPNDを発売し市場を拡大させれば、インダッシュ型市場は侵食され、これまでインダッシュ型に大金をつぎ込んできたメーカー自身の首を締めることにもなりかねない。まだ市場が伸びる純正品が軸のアルパインやクラリオンはまだしも、市販が柱のパイオニアなどは、きつい立場に追い込まれる可能性がある。市販されているインダッシュ型は、日本という成熟市場でしか通用しないニッチな製品に追い込まれただけでなく、その先には“絶滅”の可能性さえ待ち構えているのである。

(撮影:梅谷秀司 =週刊東洋経済)

中島 順一郎 東洋経済 記者

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なかしま じゅんいちろう / Junichiro Nakashima

1981年鹿児島県生まれ。2005年、早稲田大学政治経済学部経済学科を卒業後、東洋経済新報社入社。ガラス・セメント、エレクトロニクス、放送などの業界を担当。『会社四季報』編集部、『週刊東洋経済』編集部、ニュース編集部などを経て、2020年10月より『東洋経済オンライン』編集部に所属

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