サーブ、欧州の名車ブランドが消滅する意味

自動車ブランド構築の流れが変わってきた

具体的には、たとえば1949年に登場したサーブ・92というモデルでは、空気抵抗係数(Cd)の値がわずか0.30と、現代の乗用車でもトップレベルといえるほど低く抑えられていた。

軽量化とサスペンション技術にも優れており、3世代目の量産モデルであるサーブ96/96V4は世界ラリー選手権において、荒れた路面が多いことで知られるRAC(英国Royal Automotive Club)ラリーで5勝を収めるなど、1960年代後半に大活躍した。

生き残るためにGMの完全子会社に

その後サーブ・オートモービルが1989年に米ゼネラル・モーターズ(GM)の傘下に入った理由は、ヨーロッパでプレミアム・ブランドを探していたGMと、当時世界一の自動車会社の傘下に入ることで、部品、設計やサービスのスケールメリットを享受することを目指した同社の利益が合致したからだ。

生産技術が未熟で部品を供給するサプライヤーの守備範囲も狭かった当時は、小さな自動車メーカーが生き残るには、「400万台クラブ」の一員を標榜する大きな自動車メーカーと資本提携を結ぶ以外にないと信じられていた。2000年にサーブはGMの完全子会社となり、航空部門とは無関係の会社になる。

残念ながら、いま考えればこの判断がサーブの自動車ブランドとしての運命を暗転させたといわざるをえない。

サーブの大黒柱であったサーブ・900は1994年にモデルチェンジを受けるが、それは同じGM傘下のオペル・ベクトラを多少ぜいたくな内装とともに化粧直ししたもので、サーブならではの直進安定性と優れた重量配分に寄与した縦置きエンジンをごく普通の横置き搭載に変更したほか、時代の流れかもしれないが鉄板の厚みに代表されるどっしりした感触も失われてしまったのだ。

いわば老舗の名店がファミリー・レストランのチェーンに飲み込まれてプレミアムを名乗らされているようで、旧来の顧客が離れていく結果となった。

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