東大人工知能開発団体「HAIT Lab」とは?

多くの企業が生き残りを図っていく中で、最重要課題の1つとして取り組んでいるのがDXによる事業の再構築だ。これを一口で言えば、事業の生産性を高めるために、これまでの事業の仕組みなどに対して最新のITテクノロジーによって抜本的な改革を行い、デジタル時代にふさわしい企業の姿に生まれ変わらせるものということになる。教育の世界でもICT化が進んでいるが、企業では生き残りをかけて、より切迫感をもって既存ビジネスのデジタル化に取り組んでいるといえるだろう。

こうして今、活況を呈しているDXの領域で新たなビジネスチャンスを見いだし、AIによって企業のDX推進戦略をサポートするビジネスを行っているのが、STANDARDの共同創業者である安田光希(こうき)さんだ。同社は2017年に安田さんが仲間と創業したスタートアップ企業で、「ヒト起点のデジタル変革」というビジョンの下、企業の課題解決のために、DX人材育成や戦略コンサルティング、AI実装支援などを行っている。創業5年ですでに600社以上のDX推進をサポートしてきた実績を持つ成長企業だ。このSTANDARDはどのように誕生したのだろうか。

STANDARDを創業した頃。共同創業者の鶴岡氏(左)、石井氏(右)と一緒に

「きっかけは、東大、慶応、早稲田、九大や九工大などの学生を集めたAIについて学ぶサークル『東大人工知能開発団体 HAIT Lab(ハイト・ラボ)』です。これは16年3月に、共同創業者の石井が立ち上げ、私は同年5月から参加し、徐々にほかのメンバーも合流して作り上げていった組織です。当時はAIブームが日本でも起こり始めた頃で、文系、理系問わず、AIを勉強したいと思う学生たちが集まって、学び合っていました」

集まった学生は約100人。当時はAIに関する日本語の文献はまだ少なく、自分たちでAIを学ぶために、翻訳した文献を使用するなどしてオリジナルの教材作りを始めた。そこで学んだ学生たちが、IT企業などでインターンとして働き始めると、AIのエンジニアが足りないこともあり、18~19歳の大学生がすぐさま即戦力として扱われるようになった。それが企業の間で評判となり、あるとき、取引先の企業から「会社をつくらないの?」と後押しされたことが、STANDARDの誕生につながる。ほかのスタートアップ企業のようにベンチャーキャピタルから資金を調達することはなく、すべて自分たちの資金で立ち上げた。安田さんも得意の投資で資金を用意したそうだ。

「企業の方がAIについて教えてほしいということで、3年間で2000社、5000人くらいの企業の方々にお会いすることになりました。もしかしたら日本の20代の中で、私がいちばん多く企業の役員層に会った人間だといえるかもしれません(笑)。そうやって最初はAIエンジニアリング講座というトレーニングプログラムを提供することからスタートしました。しかし、そこで企業がいくらAIエンジニアを育てても、そうした人材を活用する土台が企業にないことに気づき、新たにDXの土台づくりを行うためのコンサルティング、そして、その後のシステムの実装まで、事業を広げていくことになりました。私たちはAIをただ研究するのではなく、AIを活用するためにどうすればいいのかをつねに考えていたので、そこが時代のニーズと合ったのだと思います」

DX特化型スタートアップスタジオ

そう語る安田さんは勢いに乗って、今年2月からDX特化型のスタートアップスタジオのBLUEPRINT(21年7月に創業)のCOO(最高執行責任者)に就任した。こちらはSTANDARDの事業を進めていく中で、業界に散在するさまざまな課題を目にしたことをきっかけに、「Vertical SaaS(ヴァーティカル・サーズ)」といわれる業界特有の課題を解決するクラウド型DXサービスを企図することになったものだ。

BLUEPRINTは、映画スタジオが優れた映画を次々に生み出すように、業界を変えていくスタートアップ企業に自分たちで出資し、子会社として連続して立ち上げ、事業拡大後に株式売却やIPOによって経営を移管し収益を得るという、いわゆるインキュベーション事業や投資ファンドのような性質を持った企業として誕生した。

早速今年3月には、建材商品の一括検索サービス「建材サーチ」を提供する子会社Archi Villageを設立。こちらは、今までバラバラに存在し、膨大な時間をとられていた建材情報検索から建材メーカーの営業パーソンたちを解放するサービスで、将来的には商品検索から見積もり、受発注、支払いなどが一気通貫で行える建材分野の総合ECプラットフォームの構築を目指すという。

(左から)BLUEPRINT COO(グループ最高執行責任者)安田光希氏、CBO(グループ最高事業責任者)鶴岡友也氏、CEO(グループ最高経営責任者)石井大智氏、CSO(最高営業責任者)竹内将高氏

同時に安田さんたちはBLUEPRINTの設立をきっかけに、前述のSTANDARDを子会社として組み入れることで同社を持ち株会社化。今後はBLUEPRINTを中心とした事業体制として、安田さん自身も新たにBLUEPRINTグループCOOとして、新ビジネスに次々と取り組んでいくそうだ。

こうして26歳の若さで、矢継ぎ早にビジネスを展開している安田さんだが、彼自身はいったいどのような教育を受けてきたのだろうか。安田さんは関西の名門、灘校の出身。そこでの特異な教育環境が大きく影響しているという。

得意分野をつくるため、中1で始めた「株式投資」

「僕は、株式投資を中1の頃にやり始めました。きっかけは、灘に入って自分よりすごい人がたくさんいると知ったからです。小学校までは勉強しなくてもオールAというように成績がよかったのですが、灘では、中1の夏休みが終わった段階で、高3で習う微分積分まで学び終えたと豪語するような人が普通にゴロゴロいる。圧倒的に自分より勉強ができる人がいて、そして灘の文化として、そもそも勉強で自分をアピールするというよりも、勉強以外でも自分の秀でることがないと同級生から尊ばれないということがあったんです。そこで自分が得意分野を持つために始めたのが株式投資でした。この株式投資を通じて、企業やビジネスの仕組みを知るために、年間1000冊くらいの本を読んでいました」

安田さんは高校生のときに読んだ本で、一代で世界最大のヘッジファンド、ブリッジ・ウォーターという会社を築き上げたレイ・ダリオというアメリカ人の存在を知った。そのとき安田さんは、ダリオの「トレーダーの勘だけに頼るのではなく、過去のデータに基づいて投資判断をする」という言葉を通して、データ分析・機械学習・AIという単語を初めて知ることになる。これは過去の株式チャートの情報や企業の財務諸表、SNSデータ、あるいは小売店の大型駐車場の利用状況を映した衛星画像などから、データ分析・機械学習・AIを活用して将来の株価を予測するといったもので、当時としては最先端の投資手法だった。

「大学は文系に進みましたが、高校時代の経験もあって、AIについては研究というよりも、AIを使って、どう社会に大きなインパクトをもたらすことができるのか、あるいは事業の手段としてのAIに興味を持ちました。そして、大学1年の頃から3社くらい掛け持ちでバイトをし、平均的な会社員の月給レベルのお金を毎月稼いでいたこともあって、大学を卒業するときも、就職は考えませんでした。ある程度自分で稼げるという自信もあったし、就職したらそれほど稼げないからです。ですから、大学を卒業して、とりあえず起業してみるかという気持ちで今の事業を始めたのです」

今は大学時代から起業を考える学生たちが昔と比べ、増加傾向にある。大学発の研究開発型スタートアップ企業をはじめとして、大学が学生に起業を勧めるケースも少なくない。かつてほど起業に対する抵抗感もなくなった。学生たちの目の前で起業する学生が増えていくほど、起業が気軽なものになっているのである。こうした時代を背景として、子どもたちの教育が変わらないわけがない。大人たちは何ができるのだろうか。安田さんはこう指摘する。

好きなことへの解像度を上げ、一段深い問いを

「僕も、アドバイザーとして関わっている財団で多くの小学生と会うのですが、小学生でも大人が知らないような知識を持っている子どもたちは多い。その起点は、大抵子ども自身が関心を持ったこと、好きというきっかけがあります。そうやって子どもたちが何かに興味を持ったときに、興味の赴くままに学べる環境が大事なのではないでしょうか。私自身も株式投資を通じて、自分の興味がある分野の本を自ら読んで、調べて、学びました。なぜそんなことができたのかといえば、楽しかったからです。自発的に学んで得た知識は忘れないですし、知れば知るほど学びたくなるんです。学び続ければ、問いが派生して、さらに深い問いを導くことになるのです」

大事なことは「好きなことに対しての解像度をどれだけ上げられるのか、ずっと話していられるようなことをいくつ持っていられるか」と続ける安田さん。

「例えば、それが勉強ではなくても、ゲームでもいいと思います。ポケモンが好き。ポケモンを調べると、ポケモンって天気と関係しているよね、じゃあ気象学とも関連しているね、と関心を広げていく。周囲の大人たちは、子どもが興味を持ったものから、自ら問いを立てられるように、そしてそこからもう一段深い問いを立てて考える習慣までを身に付けられるように導いていくことが大切だと思います」

今も新たなアイデアをもとにスピード感のあるビジネスを展開する安田さん。最後に将来の目標を聞いてみた。

「正直、会社を大きくしたいというよりも、これからも自分の好きなことを自由にやっていきたいと思っています。知りたいから知る。好きだからやってみる。将来は自分の得意なことを生かして、社会的にインパクトを与えるような、大きいディールをやってみたい。来年以降にはグローバルでも勝負できたらと考えています。これからも自分の道を自分で切り開いていきたいですね」

安田光希(やすだ・こうき)
1995年7月6日生まれ。26歳。灘中学校時代から株式投資に興味を持ち、世界的なヘッジファンドの創業者Ray Dalioの存在を知って機械学習の世界へ足を踏み入れる。石井氏・鶴岡氏とともにHAIT Labを運営しながら、複数のメガベンチャー・スタートアップでの事業立ち上げを経験し、2017年に株式会社STANDARDを共同創業。2022年にSTANDARDの親会社である合同会社BLUEPRINT専任となり、同社COOとしてVertical SaaSの立ち上げ事業をリードしている

(文:國貞文隆、写真:BLUEPRINT提供)