教員はもう限界、日本の教育は「足し算」で壊れてきた…"ズレる現場との感覚"次期学習指導要領に必要なのは「引く改革」と余白の再設計

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日本の教育は、善意によってつくられてきました。

 ・学力を保障するために内容を足す。
 ・現代課題に対応した多様な力を育てるために活動を足す。
 ・安心して学校に通わせるために評価を整える。
 ・健康のために行事を充実させる。

こうした一つひとつは、どれも「子どものため」を思っての取り組みです。しかし、それらが積み重なった結果、学校生活は過密化し、子どもも教師も「回復するための時間」を失っていきました。

論点整理においても、教育課程の柔軟化や時数配分の見直しなど、授業時数の見直しは検討項目として示されています。

中央教育審議会「教育課程企画特別部会 論点整理 令和7年9月25日」
(出所)中央教育審議会「教育課程企画特別部会 論点整理 令和7年9月25日」

しかし、現場では依然として「毎日6時間授業」が前提とされています。私の感覚では、小学生にとって6時間目は明らかに過剰負荷です。つまり、時間割の構造そのものはほとんど変わっていません。

制度の見直しは始まっている。けれど、これまでも生活は変わらなかった。 このギャップこそが、いま最も問われるべき論点ではないでしょうか。

象徴的な例「書写」「宿題」「評価の文化」…

その象徴的な例が「書写」です。私は書を軽んじているわけではありません。むしろ、書が大切にしてきた「余白の美」こそ、現代の教育が取り戻すべき精神だと考えています。

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