スービン氏はこうも嘆いた。「日本人は健診でがんや心筋梗塞を予防して命をつなぐが、自分たちはそうではない。この世はアンフェア(不公平)だ」。
守田氏が他のスタッフにも話を聞くと、日本のような健康な人が定期的に受ける健診の仕組みは、多くの国ではほとんど存在しないことがわかった。「新興国にこそ健診文化を根付かせるべきだ」。守田氏の中に、使命感が芽生えた瞬間だった。
新興国開拓で先手を打つ
当初、守田氏は中東各国の政府に対し、日本式健診の導入を提言して回った。しかし、各国政府は目の前にいる「病気になった2%の患者」の治療や病院建設に手一杯であり、残り「98%の健康な人」のための予防医療に予算を割く余裕などなかった。
「政府が動かないのであれば、自社でやるしかない」。そう決意した守田氏が描いたのは、自社の機器を活用して健診というサービスそのものを提供する、というアイデアだ。あえて治療ではなく「健診」という医療の入り口を押さえようとした。
この構想を、当時、医療機器事業のトップを務めていた後藤禎一現社長に持ち込むと、ベトナムや中国での駐在経験が長い後藤氏は前向きなゴーサインを出した。それは守田氏の情熱を汲んだだけでなく、競争環境を踏まえた合理的な判断でもあった。



















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