"湘南乃風を向かい風に感じた"髭男爵だからたどり着いた、「仕事がデキない」と悩む人が他人の評価に潰されない思考法
仕事で「無能」の烙印を押されるのは正直きつい。一度このレッテルを貼られると、なかなか剥がせない。冷蔵庫に貼った水道屋のマグネットとはワケが違う。
かくいう筆者も、「一発屋」という肩書と付き合い続けて早十数年。爪でカリカリやるようにいろいろ試してみたが、なかなか剥がれない。ここまで職場(芸能界)での評価・ヒエラルキーが世間に丸見えの仕事も珍しい。
直接「お前は仕事がデキない」と言われて辛いのはもちろんだが、「あいつって、仕事デキるよな」と他人の評価を耳にするのも、けっこうしんどい。自分は関係ないのに、デキる同僚と比較して自分がないがしろにされたような気になる。仕事へのモチベーションも下がりかねない。
「デキなさ」の尺度は場所によって変わる
いったい、どうすればよいのか。1つは身もふたもないが、努力を重ね、結果を出すことだろう。
しんどいが、世の中にはこの真っ向勝負で名を挙げ、認められた人間も当然いらっしゃる。上手くやれば、他者からのジャッジとは無縁のポジションにたどり着けるかもしれない。
もちろん全員が、この方法を実行できるわけではない。能力の問題もあるし、気力や体力の充実を考えると、年齢の問題も避けては通れない。そんな場合は、2つ目。有能、無能といった評価そのものの見方を変えてみるのだ。
「デキる」「デキない」などという尺度は、その環境によって変わるもの。「がんがんリーダーシップを発揮する人」がデキるような気がしてしまうが、会社や部署によっては、「石橋を叩くように丁寧に仕事を進める人」の方が評価されることもある。
別の環境に身を移せば、リーダーシップがあると思われた人が「自分勝手に行動する迷惑な人」になったり、石橋を叩く人は「瑣末なことにこだわって仕事が遅い人」などと「デキない側」認定されてしまうかもしれない。


















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