「おっさん、痴漢したよね」無実の男性を痴漢冤罪で陥れた22歳女性が背負わされた"前科" 『子供部屋同盟』3章④

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金銭を騙し取る女の心が清らかとはいかなることなのか、わたくし万次郎にも理解不能ですが、当人が幸福ならべつにいいんじゃないですかね。

まぁ、魔性の不二家ちゃんに変貌できるのは、金のパブロンが効いてる二時間だけで、平素はコミュ障で引きこもりのアラサー無職ニートなんですがね。

加藤清美の起訴は避けられない

──そうでしたか、確かに不二家ちゃんは男性を虜にする美貌の持ち主で、彼女の声を聞いていると催眠術にでもかけられている気分になりました。しかし加藤清美は、このあとどうなるのでしょう?

──今ごろは留置場の檻の中でしょうが、現行犯逮捕でしかも物証がある以上、起訴は避けられないでしょう。

スリは法的には窃盗罪です。懲役刑でも執行猶予はつくでしょう。それこそ五十万くらいの罰金刑で済むかもしれません。まぁ、しょせんはたいした罪じゃありません。

一方で冤罪を主張するならば、無罪を証明するためにこれから長い裁判の日々が始まることでしょう。

果たして彼女は、どちらを選択するのでしょうね。

夏の眩い日光の下で、真奈が果樹園の中を走り回っている。

直人は樹木に実った一つの葡萄の房を、手に取って眺める。形も粒の大きさも申し分ない。あと数週もすれば、収穫できるだろうと思う。

真奈が草地で転んで、妻がそれを起こしてやる。尻と背中についた草を払ってやる。

直人は東京のマンションを引き払い、長野の実家へと引っ越した。

ハローワークでの職探しをやめて、果樹園を継ぐことにした。

もう東京で新しい仕事をする気にも、再び満員電車に揺られて通勤する気にもなれなかった。

トミタ商事勤務のころに比べれば収入は大幅に減るが、妻は快く承諾してくれた。来年は真奈が幼稚園に通う年だから、引っ越す時期としてもちょうど良かった。

親父は息子が果樹園を継いでくれて、孫と暮らすこともできて、途端に生気を取り戻したようだった。しばらくは親父の指導の下で、葡萄の育て方を学ぶことになるだろう。

直人はすでに熟した一房の葡萄をもいで、一粒を口に放る。

太陽の光を充分に浴びた、甘い果実だった。

妻と真奈にも食べさせてやろうと思って振り返る。

真奈は先ほどとは違う場所で転んでいて、再び妻が呆れたように娘を起こしてやっている。

高橋 弘希 小説家

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たかはし ひろき / Hiroki Takahashi

小説家。青森県十和田市生まれ。2014年、『指の骨』で第46回新潮新人賞を受賞。2017年、『日曜日の人々(サンデー・ピープル)』で第39回野間文芸新人賞を受賞。2018年、『送り火』で第159回芥川賞を受賞。他の作品に『朝顔の日』『スイミングスクール』『高橋弘希の徒然日記』『音楽が鳴りやんだら』などがある。

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