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ある晩、直人は再び子供部屋同盟にアクセスした。万次郎氏に、一言礼を言いたかった。電車内でいったい何が起きていたのかも、詳しく知りたかった。ルパン・ダ・サーと不二家ちゃんは、いったい何者なのか──。何も教えてはくれないだろうと思ったが、意外にも万次郎氏は詳しく語ってくれた。
“キャッチ・アンド・リリース”
──L40番さんは、クレプトマニアをご存じですか?
──クレプト……?
──はい、クレプトマニアは、物を盗みたいという強い衝動を常に抱えています。ルパン・ダ・サーは思春期を迎えたころからこの衝動に抗(あらが)えなくなり、ついには実行へ移します。
彼は十代で実に数千回にも及ぶ窃盗をしますが、一度たりとも捕まりませんでした。窃盗は技術を要しますが、彼は誰から教わるでもなく独学で独自に己のクレプトスキルを磨いたのです。
そう、彼はまさにナチュラルボーン・クレプトマニアでした。
次第に窃盗だけでは飽き足らず、盗んだものを元の場所に戻すという、意味不明かつリスクの高い行為にも及びます。彼はこの行為を自ら“キャッチ・アンド・リリース”と名づけました。
釣り人は、魚を食べるためではなく、行為そのものを愉しむために釣りをしますね。ルパン・ダ・サーも同じです。彼は盗んだ物品に興味はなく、盗み自体に意味と意義があったのです。
当然ながら彼の趣味嗜好は“窃盗”この一点に集約され、当然ながらこのような人間が社会生活を営むことはできません。こうしてルパン・ダ・サーは、ナチュラルボーン・クレプトマニアの立派なこどおじへと成長したのであります。
もうお分かりでしょう。ルパン・ダ・サーの手にかかれば、電車内で“キャッチ”した財布を、他の乗客の鞄に“リリース”することなど、造作もありません。カミソリをポケットに“リリース”することもまた然り。
──なるほど、確かにほとんど手品で、財布が鞄を通り抜けてきたように見えました。ルパン・ダ・サー、おそるべきクレプトスキルの持ち主ですね。
──そして不二家ちゃんは、女スパイにして元劇団員の港区系女子です。その美貌と話術で、過去に数々の男から金銭を騙し取ってきました。
驚くべきことに騙された側の男性は、被害届を出しません。彼らは口をそろえて言います。不二家ちゃんは、本当はとても心が清らかで、親想いの優しい子なんです。僕は一時でも彼女と一緒に過ごすことができて幸福でした。



















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