警察官が清美の鞄の中身を調べると、薄桃色の長財布が出てきた。直人は目を疑った。ルパンが女子会社員の鞄から抜き取った、あの長財布だ。
「それ、わたしの財布!」
女子会社員が声高にもらし、清美は途端に青ざめる。
「し、知らないよ、わたしはなんにもしてない」
「じゃあなんで彼女の財布があなたの鞄に?」
「本当に知らないよ! わたしは電車内で立っていただけだよ!」
不二家ちゃんが、あの妖しげな声で一人の警察官に囁く。
「警察官のお兄さん、わたしね、あの女が財布を抜き取るところを、確かに見ましたよ。必要なら聴取にも応じるし、必要なら証言もいたしますよ」
警察官の男はやや頬を上気させつつ、うんうんと頷く。
強引に調べを進める警察官
不二家ちゃんの声はもはや催眠術か催淫術のようで、彼女が丸と言えば、バツも丸になってしまいそうだった。カメラ越しの直人ですらそう思うのだから、不二家ちゃんを間近にしている警察官はひとたまりもないだろう。
と、頬を赤く染めた警察官は、鞄に一文字の切り口を見つけた。途端に眼光を鋭くする。
「失礼ですが、所持品検査をしてもいいですか?」
そこからは直人のよく知る、警察の対応だった。ほとんど有無を言わせずに、ときに法的な権限をちらつかせながら強引に調べを進めていく。
警察官は清美の上着のポケットを一つ一つ調べ、と、内ポケットから、鞄を一文字に割くにはおあつらえ向きの数センチのカミソリの刃が出てきた。二人の警察官は顔を見合わせたのちに、完全に犯罪者を見る瞳で清美を睨んだ。
「し、知らないよ、そんなのポケットに入れた覚えはない!」
「えぇ、続きは警察署で聞きましょう」
清美は二人の警察官に、駅員室から連れ出された。
カメラはその清美のうしろ姿を追い、と、秘密をそっと打ち明けるような妖しげな声で、
──執行ですってよ。
その吐息混じりの囁きを耳元に聞いて、直人は意識がいけない場所に堕ちそうになり──、ぶつり。
映像は途切れた。
*
──プロの手口か、女スリ師を逮捕。
埼京線の電車内で乗客の鞄から財布を抜き取ったとして、警視庁は職業不詳の加藤清美容疑者(22)を窃盗の疑いで逮捕した。容疑者は小型の刃物で鞄に穴を空けて、被害女性の財布を抜き取ったと見られている。近年、埼京線車内では同様の手口によるスリ被害が多発しており、警視庁鉄道警察隊は警戒を強めていた。



















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