「子どもいらない」夫と「名字を譲れない」妻が選んだ結婚の形、高学歴で"恋愛不慣れ"だった44歳女性が相手に求めた<唯一の条件>とは

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晩婚さんいらっしゃい!
個人経営の女性カウンセラーとの出会いで、妙子さんの婚活は現実的な方向に軌道修正することができたという(イラスト:堀江篤史)

「婚活していた頃は毎週のようにお見合いやデートでこのあたりに来ていました。結婚して娘が生まれてからはすごく久しぶりです。娘がイヤイヤ期だった頃は夫に任せて出かけようとしても『パパいらん!』と大泣きされて大変でした……。最近、ようやく任せられるようになったので今日は一人で出歩けて嬉しいです」

大阪駅の北にある「うめきた公園」の中華料理店で朝粥セットを筆者と一緒に食べているのは、大阪府内の病院で働いている竹中妙子さん(仮名、44歳)。5年前に結婚した2歳年下の輝明さん(仮名)との間にできた娘は4歳になり、今日は2人で映画館に行ってくれているという。

「子どもはいらないと言っていた夫ですが、できたら可愛がってくれています。パパいらんと言われてもくじけず、子ども向けの映画に連れていくことを覚えたようです。何事も成功体験は大事ですね。家事も細かく指示すればやってくれます。食器を片づけ、洗濯物を干してたたむ、トイレを掃除する、などですね。ざっくりと『家事をやって』と言われるのは苦手なようです」

天職探しに邁進していた学生時代

2歳年下の輝明さんに対してはやや上から目線で臨んでいる妙子さん。学生のまま年を重ねたようなカジュアルな雰囲気の女性で、実際に学生生活は長かったという。

「大学進学で四国から関西に出てきて、留学をはさんで大学院にも行きました。卒業後にNPOに就職したのですが2年弱で人員削減に遭ってしまい……。通信教育で教員免許を取って中学校と高校の非常勤講師をしたりして食いつないでいました」

志が高く、知的好奇心と自立心も旺盛な妙子さん。しかし、小学校のときに患った持病があり、体は強いほうではないと自覚している。薬の副作用で顔が腫れてからかわれた経験もあり、思春期は恋愛に前向きになれなかった。

大学生時代には恋人ができたが、留学中に別れてしまった妙子さん。子どもを産んだら持病が悪化すると思い込んでいたと語る。結婚願望もなく、天職探しに邁進していた。

「自分が本当に興味のある医療系の分野で専門職があることを知ったのは28歳のときです。30歳のときに運良く奨学金をもらえて、もう一度アメリカに留学しました。当時は円高だったのも助かりました」

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