特別授業で「生成AI」活用、AI回答の真偽も検証
2025年7月、筑波大学附属中学校ではジャーナリストの池上彰氏と増田ユリヤ氏による特別出張授業が行われていた。

両氏が企画・運営するYouTube番組『池上彰と増田ユリヤのYouTube学園』の収録も兼ねて行われたもので、中学2年生の生徒約200人がアメリカの現状や、なぜドナルド・トランプ氏のような大統領が誕生したのかについて解説を受けた。
後半に設けられた質問タイムでは「トランプ関税によって日本の経済に甚大な被害を受けるというが、どれくらいだと甚大な被害とよべるのか、具体的に教えてください」という質問も飛んでいた。これだけ内容の濃い質問が生徒から出てきたのは、事前学習の賜物だろう。

(画像:東洋経済撮影)
同校では特別授業の前に、社会科の授業でニクラス・ルーマンの社会システム理論の学習を行っており、これを基盤にトランプ大統領の政治の特色についても分析を重ねてきた。
特徴的なのは、授業で積極的にAIを活用している点だ。トランプ政治について、生成AIが作った音声解説を取り入れた学習が進められていた。もちろん、AIが出した解説をそのまま鵜呑みにさせることはしていない。
トランプ氏にまつわる新聞記事や、池上氏と増田氏の著書『池上彰と増田ユリヤのYouTube学園特別授業 ドナルド・トランプ 全解説 世界をかき回すトランプ氏が次に考えていること』(Gakken)などを参考資料に、生成AIの解説が正しいかどうかを生徒自身に考えさせてきたのだ。
生徒全員に「3年以内にノーベル平和賞を取りなさい」
今回のように外部から特別な講演者を迎えての授業の場合、「いい話を聞けた」で終わってしまうことがある。だが同校の場合は、子どもたちの脳と心の深い部分に授業が響いていることが、生徒の質問からもうかがえた。
同校ではこうしたゲストを招いての授業がたびたび行われているが、今回の授業を担当した関谷文宏教諭に話を聞くと、こうした特別授業を“思考力を磨くための場”として活用できるようにする種まきは入学時点で行われていたことがわかった。

筑波大学附属中学校 社会科教諭
「入学してすぐに『あなたたちは3年以内にノーベル平和賞を取りなさい』と伝えています。生徒たちはそのために何をしていけばいいか、つねに考えながら授業を受けてくれています」(関谷氏)
こうした背景があって、今回の授業でも最初は「トランプ大統領がノーベル平和賞を取るかもしれない」という点に関心を持つ生徒が多かったという。しかし、学習を進めるうちに関税関連の問題が報道でも取り上げられるようになり、そちらに関心を寄せる生徒が増えていったそうだ。
「関税がかかるということは、普通は自国の経済を守るための施策ですから、海外とは仲良くなりませんよね。場合によっては戦争に発展することもあります。今回は近代の歴史の単元ではありませんでしたが、関税の話題を通して、実際にこうした歴史があったことも伝えていきました」(関谷氏)
関谷氏の授業では、生徒が興味関心を持ったことをフックに、単元を超えて社会科的要素を伝えているのだ。

教員も生成AI活用で「より魅力的な授業」が設計できる
こうした授業は子どもたちの思考力を鍛える訓練として有効であり、探究学習のお手本ともいえるだろうが、残念ながらすべての教員が再現できるようなものでもない。教員が生徒の心を揺さぶる探究学習や授業を作る方法はあるのだろうか?
関谷氏は「教員も生成AIを積極的に活用していいのでは」と話す。
「生成AIを使えば、授業計画を立案し、より魅力的な授業を設計できるようになっています。例えば生成AIに資料をアップし『エキサイティングな50分の授業を計画してください』と指示すると、面白いテーマ設定や授業案を提案してくれます。もちろん、そこから各教員の好みに合わせて調整できます」(関谷氏)
ここで肝心なのは、生徒が生成AIを使う際に促す注意点と同様、あくまでも自分が行う授業の“ヒント”として活用すること。生成AIが提案する授業をそのまま実践するのではなく、生徒の様子を見ながら自分流にアレンジすることが大切になる。生成AIは細かい調整の指示に黙々と従って短時間で改善案を提案してくれる。
また関谷氏は、生成AIは生徒の意見や提案をまとめるのにも有用だと話す。
「私の授業では生徒がたくさん自分の意見や考えを入力してくれますが、Excelの表にすると200人で20項目ある場合、4000個のデータとなります。これを生成AIに入れて全体の傾向を聞くと、生徒全体としてはどういう主張になっているかもわかります。またこれを個人別に見ると、例えばその子の思考のどこが優れているかという分析もしてくれるのです」(関谷氏)



(画像:関谷氏提供)
実際にAIがまとめたそれぞれの意見について、間違っていないかを生徒本人たちに確認もしたが、間違いはなかったという。
「これまで、200人の生徒が書いてきたものを分析するには何時間という時間がかかっていましたが、それが5分でできます。おそらくこうしたところが、生成AIの強いところでしょうね」(関谷氏)
今回の授業では、生徒たちもアンケート調査の結果をまとめたり意見の傾向を分析したりするために生成AIを活用していた。また、池上氏と増田氏への質問を生成AIと相談しながら作り上げた生徒もいた。
ICT活用、2025年度PISAではどう評価されるか?
小学校では2020年度、中学では2021年度から始まった新しい学習指導要領による学び。学校教育において、明治以来の大改革といわれているが、親世代の時代と比べて確かな違いを感じる。
教員が教え、生徒が聞くという従来の授業風景は少なくなった。知識の受け取り手としてではなく、主体的に学びに向き合う姿勢を育て、情報を知るだけでなく、それをどう解釈し活用するかが問われる時代に、学びの質も大きく変わりつつある。
2025年度は国際的な学力調査「PISA」の調査を控えている。この調査は、経済協力開発機構(OECD)が実施する15歳を対象とした学力調査で、3年ごとに行われているものだ。読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーの3分野について、知識の理解だけでなく「実生活での活用力」を重視する点が特徴だ。教育の質を測る重要な指標とされていて、調査結果は各国の教育政策にも影響を与えている。日本はこれまでおおむね高水準を維持しているが、読解力の低下など課題も指摘された年もある。
前回の調査(2022年)では、探究学習にも関係するICTの活用についてのアンケートが採られていたが、学習におけるICTの活用について日本は調査実施国の中で最下位という結果だった。これがどこまで伸びているか。関心が高まるところだ。

一方で、教育現場でのデジタル機器とのつき合い方を見直す国も出てきている。デジタル優先の教育方針を進めてきたスウェーデンは、読解力・筆記力の低下などを受け、紙の教科書や手書きを重視する教育へ回帰、2022年以降は印刷教材の再導入を進めている。またフィンランドでも同様の動きをする都市が出てきた。
2023年に発表されたUNESCOの「グローバル・エデュケーション・モニタリング・レポート」では、ICTの過度な利用が生徒の学力にマイナスの影響を及ぼす可能性があるとの指摘も出ており、とくにデジタル機器への依存が高まると、読解力や集中力の低下を招く恐れがあるという。
ICTは教育の可能性を広げる一方で、使い方を誤れば学習効果を損なう可能性もある。適切なバランスと指導がなければ、教育効果が発揮されないことも忘れてはならない。
(注記のない写真:筆者撮影)