「まず驚いたのが、総文祭は文化庁や都道府県主催で何十年も続いてきたにもかかわらず、まったく組織体制が整っていないのです。公式の引き継ぎもマニュアルもなく、文字通り“ゼロ”から始めなくてはなりませんでした。事務局のメンバーには都道府県職員もいますが、タスクの洗い出しは教員がやるように言われました。おそらく、教員は部活動についてよく知っているし、総文祭準備でも実務を担うから、という判断でしょう」
総文祭には、演劇や吹奏楽、美術・工芸、書道、吟詠剣詩舞など合計19の規定部門があり、それぞれに適した会場設備が必要となる。例えば吹奏楽部門なら、演奏可能なホールや機材を確保しなければならない。各部門の特性について、都道府県職員に知見を求めるのもたしかに酷だ。いずれにせよ、学校の各部活動で培われたネットワークを生かしたほうが合理的であることには違いない。
とはいえ、総文祭開催に向けて、各部門の発表・競技に必要な準備を漏れなく把握し、音響設備などを提供する業者を選定し、見積書を作成したり予算を策定したりするとなれば、この時点で決して簡単な仕事ではない。「専業のイベント会社がやるレベルの仕事を、教員にタダでやらせている」と白木さんは憤る。百歩譲って、業者でなく教員個人が引き受けるとしても、無償で労働しなければいけない理由はないだろう。
「国や自治体・学校は、どう考えても教員の善意につけこんでいるとしか思えません。教員の多くは、生徒のためならできるだけのことをしてあげたいと思っています。だからこそ、『文化系部活生のために』と言われれば対応しますし、これまで担当した教員も特に文句を言わなかったのでしょう。でも、こうして教員に負担を押し付けて、その年限りの取り組みを何十年と繰り返してきたのが総文祭だと思うんです」
さらに不運だったのは、白木さんが顧問をしていた部活動が、文化系部活動でもマイナーな部類だったことだ。例えば吹奏学部は多くの高校に部活動があるため、複数校で総文祭準備を担当したり、途中で交代したりもできる。しかし、白木さんの部活動は数えるほどしかなく、最初から最後まで準備に参加せざるをえないという事情があった。
「腹立たしいのは、都道府県の職員に『私立高校の教員は、総文祭準備から外してください』と言われたことです。公立高校の教員と違って、私立高校の教員には労働基準法が適用されるので、残業代の問題があるからだそうです。つまり、公立教員には、法律的にグレーだとわかっていながら働かせているのです。この指示に従うことで、自分まで『教員の働き方改革』の否定に加担しているようで、本当に嫌でした」
私がそのポジションにいたはずが……引きずる後悔
総文祭準備の担当者は、各部門の部活動で顧問をしている教員たちの話し合いで決めたという。白木さんに強く突っぱねる気持ちがあれば、総文祭に携わらないこともできたそうだ。しかし、それができなかったのは、自分が拒否した場合に負担を負う別の女性教員の心境を察してのことだった。
「私と同年代の女性の先生で、直接口にはされなかったものの、近い将来子どもを生みたいのだろうな、と伝わってきました。同じ女性だからか、なんとなくわかるんですよね。それに気づいた以上、押し付けることはどうしてもできず、私が引き受けてしまった側面はあります」
善意で引き受けた白木さんだが、つい「あのとき、引き受けなければ……」と考えてしまう日もあると明かす。授業研究の時間が十分取れず、さらにうつ病と適応障害を発症したことで、当初想定していたキャリアを修正せざるをえなくなったうえ、5年間にわたり土日も無償労働を行ったことで、自身のプライベートも阻害されたのだから当然だろう。

















