しかしC高校では、工業科の生徒がレポート提出のために部活動を遅刻・欠席すると、顧問の普通科教員が工業科学科長の元に来て『レポートは家でやらせてくれ』としつこく言ってくるのです」
ほかにも、大学進学のための特別な補習授業と、工業科の資格試験の時期が重なったときに、「進学補講を優先すべき」と強く主張してきたという。たしかに工業科の生徒は、センター試験の結果が振るわないケースがほとんどだったというが、工業系大学が工業科出身の生徒に求めるのはセンター試験当日の点数ではない。専門知識や資格などから総合的に判断する。
それにもかかわらず、工業科軽視ともとれるような言動を繰り返す普通科教員に腹を据えかねた木村さんは、「私が持っているのは、高等学校教諭一種免許(工業)だ。C高校の工業科が普通科に吸収されるのなら、もはや自分がいる意味を見いだせない」と退職に至った。
生徒の可能性を閉じかねない指導に、退職後も心残り
「工業科の生徒は、高校に入学して初めて工業の専門科目を学びます。全員が同じスタートラインに立ち、さまざまな専門科目に触れながら、それぞれ好きなことや得意なことを見つけていく様子を見るのはすごく嬉しかった。
うちには、工業に興味があって大学まで待てず、少しでも早く学びたい生徒が多くいました。もしくは、普通科の教科が苦手で勉強は嫌いだけど高校に通いたい、という生徒も当然来ていいはずの場所でした。
偏った進路指導で生徒の主体性をないがしろにした普通科教員たちの姿勢には、納得がいきません。彼らなりの老婆心だったのか、はたまた進学実績のためか知りませんが、生徒の可能性を閉じかねない指導だと思います。あの学校での勤務には限界を感じていましたが、結局どうすることもできなかったことについてはやりきれない思いです。今まで工業科の生徒たちにもらってきたものを、恩返しの形でこれからの生徒たちに与えてあげられなかったことが、今でも心残りです」
「教員の仕事が誇りだった」と唇をかみながらも、工業の分野を志す生徒への思いは、今でも心の中にある。
もしかしたら、普通科教員にも考えや言い分があったのかもしれない。しかし、いずれにしても木村さんの体験は、複数の学科を擁する高校の課題を浮き彫りにしているのではないだろうか。
教育の本質は、生徒一人ひとりの可能性を最大限に引き出すことにほかならない。工業科の学びの重要性を正しく認識し、普通科と工業科の共存が生徒にとって最良の環境となるよう、組織全体のコンセンサスをとることが重要ではなかったのか。
(文:末吉陽子、注記のない写真: m.i /PIXTA)
東洋経済education × ICT編集部
記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
印刷ページの表示はログインが必要です。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら