「ひとり死の先輩」を看取って考えたシングル社会 最後の言葉は「自宅でこのまま死なせてほしい」
月に一度の長話を3時間正座で聞く
「自宅でこのまま死なせてほしい」。これは、私(筆者)が約10年前、大学院生時代から約20年住んでいた間借りの部屋の大家のKさんらしい最後の言葉であった。
Kさんは、昭和11年の東京生まれの東京育ちの未婚シングル男性であった。ご両親と杉並区の一軒家に暮らしていたが、ご両親を亡くされた後、勤めていた会社の役員ポストを最後に早期退職し、築50年の一軒家の2階の2部屋を大学生に間貸しして、悠々自適に暮らしていた。
Kさんは悪い人ではなかったが、少し虚栄心の強いクセのある人だった。サラリーマン時代の営業の武勇伝から、剣道の心得、邪馬台国四国説、仏教における悟りまでと、自分の幅広い興味中心の話題で、話しだすと止まらない。
月に一度、賃料等の支払いで1階のKさんの居室に現金払いに行くのだが、そこでは必ず長話となる。20代の若者が毎月それに耐えられるはずもない。
それだけが原因ではないだろうが、北側の部屋に入居する大学生・大学院生は次々と入れ替わり、やがてKさんの物置となった。南側の部屋に入居した私は2・3時間正座で黙って人の話を聞いていられるという特技のおかげで、Kさんが亡くなるまで約20年間居すわり続けた。
月に一度長話にお付き合いしなければいけないが、Kさんはこちらのプライバシーには決して干渉してこない。Kさんとは丁度良い距離感で約20年間、それ以上でもそれ以下でもない関係だった。それは、地方の郡部出身の私からすれば、ずっと都会っぽい人間関係であって、実家の親族・近所付き合いよりずっと弱くて、ずっと気楽な関係だった。
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