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【解剖MMT①】誤解含みの激論を招く「複数の顔」 財政赤字の話なのか、それとも貨幣の話なのか

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財政赤字は心配無用、インフレがひどくならない限りは――。そんな主張が数年前から賛否双方の議論を呼んできた。

MMT(現代貨幣理論)。それは、主流経済学を覆す真理なのか、はたまた荒唐無稽なトンデモ論か。見極めるうえでは、貨幣の話と財政の話が絡み合ったMMTの論理を丁寧に腑分けする必要がある。

「解剖」のメスならぬ筆をとったのは、財政史と金融論を横断して研究してきた伊藤修・埼玉大学名誉教授。全7回にわたる論考をお届けする。

本稿ではMMT(Modern Monetary Theory/現代貨幣理論)について検討する。最初に、MMTの主張の骨子は次のようである。

財政赤字がどれだけ大きく、国債(政府債務)がいくら累積しても、返済のために増税する必要はなく、国債をまた発行して借り換えすればよい。最終的には、通貨主権をもつ政府は貨幣をいくらでも発行できるから、それで返済できる。
財政危機や破綻はありえず、心配の必要はない。
ただし、財政支出=国債発行=貨幣発行には「インフレがひどくならない限りで」という限度がつく。しかし、インフレ(=完全雇用)のときに財政拡大は必要ないし、ひどくなりそうなら財政支出の縮小や増税で引き締めて止めればよいだけである。

このような抽象的な世界の話をなぜ取り上げねばならないかというと、現実に重大な問題だからである。すでにこの国債心配無用説が、“安心して”バラまきを続ける政治の背景になっている。そのもとで日本の財政赤字、政府債務はますます拡大し、(MMTは否定するが)財政危機とそれに結びつく金融混乱の危険を高めている。

そこで理論的な整理が実践的にも不可欠になる。

こういうと、「危機だというが日本の財政は現にだいじょうぶではないか、まるで“狼少年”だ」という反論がよく聞かれる。

しかし、バブルの崩壊でも、原発事故でも、起きる直前までは「だいじょうぶ」なのだ、という事実を思い起こしてほしい。

現実経済の条件が適否を左右する

ところで、すでに筆者は何度か、MMTについて当面必要最小限のコメントを述べてきた。その要点は以下のようである。

――MMTをめぐる議論は、賛否双方とも、ほとんど抽象レベルの純粋論理によっていて、“経済がどんな条件下にあるか”という面が考慮されていない。ところがそれによって結論はまったく違ってくるのである。

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