
財政赤字は心配無用、インフレがひどくならない限りは――。そんな主張が数年前から賛否双方の議論を呼んできた。
MMT(現代貨幣理論)。それは、主流経済学を覆す真理なのか、はたまた荒唐無稽なトンデモ論か。見極めるうえでは、貨幣の話と財政の話が絡み合ったMMTの論理を丁寧に腑分けする必要がある。
「解剖」のメスならぬ筆をとったのは、財政史と金融論を横断して研究してきた伊藤修・埼玉大学名誉教授。全7回にわたる論考をお届けする。
第6回まででMMTの主張の検討を終えた。確認のためあらためて要点を振り返ってまとめてみると、次のようになる。
MMTはいくつかの側面をもっており、正しい部分と正しくない部分を冷静に区分する必要がある。
ケインジアンの系譜に属す考え方と、反緊縮・反自由主義には、筆者は同意する。
財政論の土台をなすとする貨幣・金融論には、一部の正しい部分と、過半の正しくない部分が含まれている。
貨幣の捉え方に含まれる正しさと欠陥
「主流経済学」を商品貨幣論だとして全面否定し、代わって、貨幣は政府が創出・発行するから通用するという貨幣国定論を説く主張は正しくない。
貨幣が通用する(一般的受容性をもつ)ことを支える条件にはいくつかある。商品貨幣、物品貨幣は、偽造が容易でない、入手が容易なために過剰供給となることがない、という条件を満たす。国定貨幣には、政府が信用されている限りでという限定がつく。
とりわけ、統合政府論にもとづく貨幣国定論には重大な問題がある。権力で通用させ、政府の購買に用いる政府貨幣と、等価交換の商取引で発行される中央銀行券など現代の貨幣という、本質的に異なる二者の区別が明確でないことが、説得力を失わせている。
銀行貸し出しは事前の「原資」を必要とするのでなく、同時に預金を創造するという貨幣内生論は、基本部分について正しい。貨幣外生論批判は、貨幣流通量をコントロール(増加)できなかったリフレ派の誤りの理由説明にもなっており、この部分も正しい。
ただし、内生論の正確な定式化ができておらず、中央銀行のベースマネー供給と民間銀行の貸し出し(→マネーサプライ)の関係について混沌としている。また中央銀行を政府機関とみるのも、その性格を誤解している。MMTの世界では中央銀行は政府に完全に従属し、金融政策は存在しないことになる。
上記の諸点から、貨幣の供給ルートの説明が不明確で、国定貨幣が自由に発行できるとの説明が説得力を失っている。
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